vol.32「お城山」小満 5/21〜6/5
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vol.32「お城山」小満 5/21〜6/5


 毎朝、今日の天気はどうだろうかと、ものぐさをしてベッドに横になったまま窓から空の様子をうかがう。木々が光に包まれている。恵みの雨が必要なことも十分わかっていながら、それでもやっぱり青空が広がっているとそれだけで気分がいい。寝起きだって違ってくる。緑が日に日に濃くなっていく今の季節はなおさらのこと、キラキラと光の粒が弾けるように、そこいらじゅう生命力に充ち溢れている。
 
 そんなあるとき、我が家に宿泊した友人が、早く目覚めてしまったからと散歩に出かけたことがあった。散歩に行くなら家から15分ほどでお城山へ行くことができる何通りかの道がある。一体どの道を選んだのだろうと、こちらはまだ半分夢の中でウトウトしながら考えていた。散歩から戻った友人は、お城山へのルートや途中の景色、草花、出会った鳥の話などを、朝日のシャワーで洗われたかのようにすっきりとした様子で話して聞かせてくれた。友人が私たちの暮らす土地に親しんでくれることが嬉しい。嬉しいのだけれど、なぜだか軽く嫉妬してしまった。それはたぶん、ごくごく近所の知っているはずのその風景を見ていない、自分へのがっかりした気持ちからだ。その年、その一瞬の景色を自然はいつも見せてくれているというのに、見てもいないのに「緑の季節」などと一言でひっくるめてわかったつもりになっていた。
 
 翌朝は、目覚ましが鳴るよりも早く目が覚めた。我ながら欲が深いものだと苦笑いしてしまうけれど、こんな欲なら自分を許してあげてもいいかなとも思う。早速、友人の散策ルートをおさらいするようにお城山の頂上へと向かう。三春はアップダウンが多い町。その中でもトレーニングになりそうなほど急な坂道を、息を切らしながら登っていく。さらに頂上付近の石段を登りきった場所が三春城址。ぽかんと開けて空の広さが気持ちいい。木々の合間に所どころ配置されたように、緑豊かな三春市街地の家々や建物、遠くには安達太良連峰までくっきりと見渡すことができる。広場は刈り取られた後なのか、雑草たちもまだ絨毯のようでかわいらしい。無邪気に寝転がって大の字になりたい衝動に駆られるほど清々しい。初めて訪れたわけでもないのに、新しい場所を教えてもらったかのような喜びがわいてくる。一角には東屋もあり、次の休みの朝ごはんはそこで食べようということになった。
 お楽しみがあれば早起きすることも苦にならない。私は単純にできている。前日の残りのお味噌汁を温め直したものをスープジャーに入れ、コーヒー豆と手挽きのミルやコーヒー道具を一式、沸騰させたお湯は保温ポットに。パンやお菓子も一緒に簡単な朝ごはんセットをカゴに詰めていざ頂上へ。途中、塀を覆うほどのモッコウバラが見事なお宅や尻尾をぶんぶんと振りながら、挨拶をするように吠える犬がいるお宅。足元にはスミレやわすれな草に似た水色の小さな花が愛らしいキュウリバナ、オドリコ草の群生、三つ葉やフキの姿。上を見上げれば涼しげなミズキが満開の花を咲かせている。
 東屋で道具を広げてコーヒーを入れ始める。いつもと同じ、いつもの作業をなぞっているだけなのに、ただシチュエーションが違うというだけで、ご褒美のような休日に感じられるから不思議だ。耳に届くのは鳥の鳴き声と風が木々の葉を撫でる音。時計の針がゆっくりゆっくりと刻まれていく。
 町の人から「お城山」と親しまれているこの場所三春城は、明治維新後に解体されるまで三春藩士の居城となり、別名「舞鶴城」と呼ばれていたそうだ。あの三角形をした三春揚げは、舞鶴城の名にある「鶴」が空を飛ぶ様からきているという説もあるとかないとか。本丸跡は東屋のある下段と、そこから少し階段を上がった上段に分かれていて、その上段には標柱と石碑。そしてポツンポツンと木のテーブルとベンチが無造作に置かれている。草刈りや掃除などの手入れはされているのだけれど、あくまでもさり気なく、自由な感じがかえって心地いい。ちょうど訪れた時は地面を覆う雑草と木々の緑に、その場がすっぽりと包まれて、そこにちらちらと降り注ぐ木漏れ日の様子が、まるで絵画か絵本の世界のよう。下段でも散々ゆっくりとくつろいでいたというのに、場所を移してまたのんびり。他には人もいなければ、まだ蚊も出てこない。鳥の鳴き声と風の音に耳を傾けながら、目を閉じて深呼吸を繰り返すと、頭の中が静かになだらかになっていく。どこか遠くへ出かけたいとも思うけれど、友人のおかげで青い鳥のような場所が、家のすぐ近くにあるのを知ることができた。知るとは頭でだけではなく、むしろ頭を通過せずとも、その場の空気の中に身を置いてみることが大事なことも教わるようなひとときだった。 
 帰りはお城坂しだれ桜を見下ろす道に出る別のルートで降ってみることにした。どこもかしこも緑に包まれている。駐車場がある辺りには、紫陽花がまだ青い小さな蕾を蓄えて、つやつやの葉を斜面に広げている。季節になれば色とりどりの様々な種類の紫陽花が目を喜ばせてくれることでしょう。城山公園にはこの場所以外にも景観整備を兼ねて、数年の間に町と町づくり協会の協働によって約4,000本の紫陽花が植栽されたとのこと。その後も剪定などの手入れもされている。この場所の気持ち良さは、程よい人の手によるものもあるようだ。また青い鳥に逢いに行こう。

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エッセイスト/生活道具を扱う雑貨店「in-kyo」店主。 「三春タイムズ」vol.1〜24が書籍『三春タイムズ』(文・長谷川ちえ 素描・shunshun)となって この春、信陽堂https://shinyodo.netより出版されました。美しい造本装幀はサイトヲヒデユキさん。