見出し画像

幻の企画デヴィッド・ルヴォー演出「曽根崎心中」。勘三郎と菊之助は、攻めた。

『天才と名人 中村勘三郎と坂東三津五郎』(2016年文春新書)には、幻の章があります。紙幅の関係で、初校ゲラが出た時点で、やむなく掲載を諦めました。
あまりにも残念で、悔いが残るので、ふたつの章を、蘇らせることにしました。以下に掲載するのは、新書版で言うと、『195ページの「八月納涼歌舞伎」二十周年』の前におかれるはずだった文章です。

二十五、曽根崎心中
                           勘三郎五十四歳
           

 オフィスビルを背負った形で新歌舞伎座の建設が本決まりになり、平成二十一年一月から十六ヶ月に及ぶさよなら公演がはじまった。勘三郎と三津五郎はもはや押しも押されぬ幹部俳優として遇されていた。
 毎月のように芯となる大役を勤めていた。私はふたりの芝居を安心して楽しんでいた。

 『菊之助の礼儀』(新潮社)に詳しく書いたが、勘三郎と尾上菊之助が主演する企画が二月に立ち上がり、二十三日に赤坂の小料理屋で初会合を行った。
 英国の演出家デヴィッド・ルヴォーに頼もうという案が、はじめからあった。私はルヴォーの演出について一冊の本を書いたことがあったので、早速、調べてみた。
 まずはルヴォーがすでに演出した劇作家の作品のなかから、歌舞伎化できるものはないかと考えた。

 デヴィッド・ルヴォーは、平成七年に三島由紀夫『近代能楽集』の「葵上」「班女」を演出したことがある。
 勘三郎は、三島の『鰯賣戀曳網』を当り狂言としている。この関係を踏まえて、三島の『地獄変(じごくへん ルビ)』や『芙蓉露大内実記(ふようのつゆおおうちじっき ルビ)』も提案したが、勘三郎は今ひとつ気が乗らないようだった。

 企画は二転三転するが、翌平成二十二年の一月には、英国の演出家デヴィッド・ルヴォー演出による『曽根崎心中』で行こうと結論が出た。

 東銀座のステーキハウスに招かれた菊之助と私は、すでにロンドンでデヴィッド・ルヴォーとの打ち合わせを終えていた。

ここから先は

1,424字
この記事のみ ¥ 100
期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。