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野田秀樹の劇場 その5(完結編) 東京芸術劇場へ

 番外公演というのが適切かどうかわからないが、少人数のキャストによる作品を立て続けに発表した。『Right Eye』『農業少女』タイ版『赤鬼』の初演は、シアタートラム。『売り言葉』は、スパイラルホールで観た。

 俳優としての野田秀樹を味わい尽くすには、こうした小空間がふさわしい。拡大を続けてきた野田が、いとおしむようにこの一群の作品をつくりはじめたのも、時代の趨勢だろうか。生きることではなく、死ぬことを主題とした作品群が、こうした劇場で生まれていった。
 
 ロンドンやソウルの劇場も、こうした作品を発表するために選ばれていった。『RED DEMON』のヤングヴィックシアター、「パルガントッケビ」(赤鬼韓国ヴァージョン)の韓国文芸振興院芸術劇場小劇場、『THE BEE』『ザ・ダイバー』のソーホー・シアターに、これらの作品を観るために飛行機に乗った。

 旅はどこか開放感がある。

 日頃の敷居をまたいで、毎日のように野田と会った。特にソーホーシアターは、劇場の一階にバーとレストランが併設されており、芝居が終わると野田は若い友人たちに囲まれて飲むのを好んだ。東京では近づきがたい存在に、もはや野田秀樹はなっていた。日本やアジアの留学生に囲まれ、友人として話し込む姿を何度も見た。

 ひとしきり話すと向かいのインド料理店や中華街に繰り出した。私は東京で野田と食事に行ったのは数えるほどだけれど、海外ではよく話した。舞台についてだけ話していたわけではない。他愛もないばか話もずいぶんした。野田は飲むと陽気になった。しかも、笑顔の魅力がさらに輝きを増す。才能はもとよりだけれども、この笑顔に惹きつけられて、人々は野田のもとに集まってきたのだと思った。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。