【劇評156】『風の谷のナウシカ』夜の部(上)菊之助が生まれ持ったオーラ
壊滅的なカタルシスへ
昼の部の案内役は、「口上(尾上右近)」。これが道化(種之助)に変わる。
タペストリー幕を使っての世界の紹介は、昼の部同様だが、大海嘨(だいしょうかい)の文字が加わっている。壊滅的なカタルシスをあらわす。
この道化が、大詰で大きな役割を果たすのが、今回の歌舞伎版『風の谷のナウシカ』のもっとも重要な趣向だろう。
第一幕のプロローグは、『仮名手本忠臣蔵』の大序を意識した「名乗り」から始まる。
主要な登場人物が、みずからを語る趣向である。トルメキア王のヴ王(歌六)、土鬼皇弟ミラルバ(巳之助)、僧官チャルカ(錦之助)、ユバ(松也)、アスベル(尾上右近)、ケチャ(米吉)、クロトワ(片岡亀蔵)、そしてクシャナ(七之助)が、勢揃いして「名乗り」を上げる。
この幕開きは、まさしく大歌舞伎らしい愉しみ。
歌舞伎に初めて接する観客も、こうした様式的な演出には、新鮮味を感じるに違いない。
詰めかけた観客とは?
そもそも、観客席を埋めているのは、漫画『風の谷のナウシカ』の全巻をすでに読んでいる人々だろう。すくなくともアニメ版に一度は接したことがある人々に違いない。
こうした事前の知識を前提とするのは、歌舞伎でも文楽でもお能でも狂言でも同様である。
もっとも、夜の部は、昼の部の観劇を前提としていない。それだけでも独立して愉しめる。
だが、『風の谷のナウシカ』の原作の体験があったほうが、当然、深い読みができるのは当然と言えば当然。
『風の谷のナウシカ』をすでに体験した日本人は、どう少なく見積もっても歌舞伎ファンよりは遙かに多い。この舞台は、歌舞伎を初めて観る『風の谷のナウシカ』ファンに、満足して貰うのが大前提。
そのあとに、役者の贔屓や新作歌舞伎ファンが想定されているに違いない。
これは、歌舞伎の未来に対する投資である。挑戦でもある。
年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。