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『MONSTERS 一百三情飛龍侍極』感想 ワンピに繋がる尾田栄一郎先生初期読切のアニメ化 悪人の魅せ方・裏切りの描写が秀逸


◆MONSTERS

1月22日(月)より配信開始された『MONSTERS 一百三情飛龍侍極』を見た。NetflixとPrime Videoにて配信されている。

言わずと知れた『ONE PIECE(ワンピース)』の尾田栄一郎先生が当時19さいの頃に手掛けた、初期作品となる短編読切が原作となっている。こちらは『WANTED! 尾田栄一郎短編集』に収録されている。

初出は『週刊少年ジャンプ特別編集増刊1994年Autumn Special』。つまるところ今年でちょうど30年前の作品になっている。

原作はいよいよ最終章へ突入かつ毎週見逃せられない怒涛の展開を迎え、劇場版『RED』や実写ドラマ版も好調を記録。WIT STUDIOによる再アニメ化『THE ONE PIECE』の制作発表がされ、ますます勢いが止まらないワンピ。それがまさか短編読切までアニメ化されるとはすごい時代である。
まあワンピのプロトタイプとなる読切『ROMANCE DAWN』も2008年にアニメ化されたし(ワンピキャラが登場した原作ストーリーを展開させたものだが)、この『MONSTERS』の主人公リューマはスリラーバーク編にて登場したリューマと同一人物であることがワンピ47巻のSBSにて明言されたので、ワンピ世界の更なる拡張を貢献しているが。

◆齊藤優氏による作品分析

本感想を始める前にこちらを紹介しておこう。
個人的に『MONSTERS』についての解説はジャンプ名物担当編集・齊藤優氏による作品分析が完璧だと思っている。この漫画のすごさを見事に言語化されている。更新が3年も止まっているのが強く残念がれるほどドチャクソ面白いシリーズなので漫画家志望者は必読だ。
ぶっちゃけ齊藤さんには勝てないなあと初っ端から諦念の覚悟でこの感想を書いている。…まあそれでも自分の言葉で言語化してみたいエナジーは視聴していて湧いてきたのは事実だが。

ちなみに齊藤さんはジャンプ編集部で一番好きだし強く信頼しています。漫画そのものなキャラをしてておもしれー男なので。

◆いちばん印象に残ったシーン

尾田先生曰く、「見開きで竜を斬りたかったという衝動からスタートした」という本作。間違いなく印象に残るシーンだし、クライマックスを飾るに完璧だと言っていい。尾田先生の絵はワンピ初期から完成されており、ワンピ連載前の3年前は地味に絵柄は異なるとはいえ、十分な画力である。

だが逆張りに定評のあるぼくからすれば、個人的に印象に残ったシーンにして今回の記事で重きを置きたいのが民衆から英雄視されているシラノさんは実は悪人だったという裏切りである。

「良い人と思ったら悪人だった」という『転』の展開。
ジャンプテンプレ三大神器のひとつなのは間違いない。もう親の顔よりも見まくった展開だ。これが濫発される読切を馬鹿の一つ覚えのように見まくっていた頃は流石にうんざりさせられたが、大分慣れた今では初登場時から「わっ!絶対裏切りそ!」と勝手に推測してキャッキャする楽しみを見出していた。
我ながらスゴイシツレイな捻くれた読み方である。光の読者ではない。まあでも最近は凝った読切が増えてきて、あからさまなテンプレは少なくなってきたのだが。

別にテンプレが悪だと言っているわけではない。
ちゃんと面白ければ、視聴者の感情を揺るがせれば、上等な王道作品である。そういうのは「テンプレなのに面白い」という最初に下げる言い方はあまりしたくないな。

というわけで数年ぶりに手を付けるこの『MONSTERS』。
シラノさんが悪人だと知っている上で逆算的に視聴した結果、巧みに作り込まれた構成に驚愕させられた。これを19さいの尾田先生が手掛けたの!?とんだバケモノ作家ヤンケ!!

◆初見では見抜け辛い偽善ムーヴ

本作はシラノさんが悪人だという事実の隠蔽が秀逸だ。

まず序盤から「ドラゴンがラスボスにしてもうひとりの主役」というミスディレクションをさりげなく仕掛けてくる。
この時点で「ドラゴンを倒すんだな」と最終目的が念頭に置かれている。作品コンセプトから予め分かり切っていたことだが、これが非常に効果的だ。シラノさんはドラゴンとグルだったとか、裏がありそうだとか、そんな邪推の精神が全く働いてこない。尾田栄一郎補正関係なくだ。

それだけでなく、シラノさんは7年前のドラゴンの大奇襲でフレアを救ったという事実が明かされる。故に街中では英雄視されている。さらにはディーアールというあからさまな悪役が登場していき、ますますシラノさんが悪人というイメージから離れていく。逆算的に視聴すると「裏切りとか記憶違いだったかも…」となってくるからすごい。
特に秀逸なのは7年前のエピソードだ。ドラゴンによる被害が大惨事に描かれているし、ドラゴンの脅威を視聴者にわからせれるし、フレアにとってシラノさんは本当に恩人だったのが伝わってくる。

◆善人から悪人へ転じるギャップ

ところがぎっちょん。
実は7年前わざと竜の角笛を使ってドラゴンを呼び出して街を壊滅させたと判明する。そしてディーアールともグルであることも判明した。
最初はダンディなおじさんだったのに、形相も極悪人へ変化していく。別人格になったかのような畜生すぎるゲス野郎もフレアを悲しませるに十分だ。尾田先生十八番の尊厳破壊案件すぎる。なにせフレアは7年前の唯一の生き残りであり、その仕業がすべてシラノさん。見事に掌の上で踊らされていたとかあまりにも悲惨すぎないか?

とまあこんなふうにすべては黒幕によるマッチポンプな物語だ
金銭目当てだし、シラノさんから大物感は感じられない。だが決定的なヘイトがある次点で全く小物感はない。そもそもやってることがえげつないからなあ。
唯一生き残りのフレアを見つければ良心が働くことなんてない。そして自ら「私たちがやりました」と開き直ってきたのもかえって腹立たしいヘイトムーヴになっている。主人公リューマの怒りを焚きつけるに十分である。

あとやっぱりキャラデって重要だなと。
シラノさんはもう見るからに裏切って悪人化するようなキャラには見えないわけですよ。ダンディなおじさんだし。ゲス面を見せつけるのも想像しがたい。そこもギャップ要素である。
「こいつ裏切りそう」と思わせない引き算の重要性もわからせてくれる。裏切り悪人化キャラの特徴って一見弱そう、優しそう、神父、糸目、おにぎり、石田彰だもんな。シラノさんは全然そうじゃない。

◆二段構えの盛り上がり

齊藤さんも述べていたが、本作はサプライズ要素が多い。
シラノさんが中ボスでドラゴンがラスボスという二段構えの構成はなかなか読み切りでお目にかかれない。すごい。かといって詰め込んでいるようには全然見えない。シラノさんがドラゴンを呼び出した故にリューマがなんとしてでも倒さなければならない必然性ある後処理になっているからだろう。

主人公リューマは実は『剣豪キング』というスゴいやつそのひとだった」というのは個人的には「まあそうでしょうね」とそこまで押さえたくなるポイントではなかった。これはもう最初から主人公だから何かしら秘密やスゴ味を抱えるべきだと期待したくなる。というかそうじゃなきゃドラゴンを倒せる唯一性・説得力がなくなってしまうので。
ただこれは齊藤さんも解説していたが、鞘がぶつかるだけでキレるチンピラムーヴには注目したい。どのみちここもシラノさん同様ギャップとして作用していたのだなあ。まあ「腹減った~」から始まる主人公はそんな奴が多いが。

◆アニメとしてのクオリティ

正直ちょっと物足りなかったかな、と。
出来自体はすごく良い。『呪術廻戦(第1期)』『劇場版 呪術廻戦 0』を手掛けた朴性厚監督だけあって、それに通じる演出は良かったし、アクションも動く。原作が30年前の作品とは思わせない仕上がり。

物足りなかった要因はアクションがあっさりに感じたからか。
シラノさんはあっさり倒しちゃうし、ドラゴンも首チョンパで終わり。いやもう短期決戦で全然いいし、ドラゴン戦は挿入歌と併せて首チョンパまでの盛り上がりも良かった。それでも、もうちょっと作画で遊んでも良かったような、そんな背伸びしたくなる贅沢を求めたくなってしまった。別に急ぎ足とも尺不足とも思わなかったのに、なにかが足りない。

豪華にクオリティ昇華させた分、単独作品で終わらせるのがもったいないのもあると思う。
ワンピに続く過去とか描けそうなんだよな。それこそワノ国出身だからこそ故郷でのエピソードとか、いくらでも盛れそうな気がする。まあ、最後の最後にワンピと繋がるサプライズを持ってきてくれただけでも満足。

◆おまけ:ボイコミ版

ボイコミが2021年9月6日に公開されている。
トータルで29分。アニメ版は25分。

リューマ役は細谷佳正さんのままだが、他は全く別だ。ボイコミ版のシラノ役は『ONE PIECE film Z』でゼット先生を演じた大塚芳忠さんになっている。ドリカムおじさんって言われそうだなシラノさん。
個人的には本アニメ版の東地宏樹さんのほうがしっくりくるクチだった。前半の気優しそうな声がハマっていただけに、ゲスキャラへの変貌はフレアと同調するように同一人物・同じ中の人と信じられなくなったくらいにだ。

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