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童話『アリ、そしてキリギリス』後編

 虫の音楽コンテストには多くの歌自慢の虫達が集まっていました。キリギリスだけでなく、コオロギ、鈴虫、ウマオイ、松虫。どの虫もコンテストに向けて練習してきたのでしょう。歌も演奏も、みんな上手です。でも、とキリギリスは思いました。アリは自分が一番だと言ってくれた。自信をもとう。ここで弱気になってはいけない。
「次、野原から来たキリギリスさん」
 いよいよ自分の番です。キリギリスは自分の歌を、目を閉じて聴いていたアリを思い出しました。今も彼が聴いてくれている。そう思うと緊張がほどけ、なんだか楽しくなってきました。
 歌も演奏も、これまでで一番の出来でした。歌を聴いていた他の虫達のおしゃべりがなくなり、奏でるバイオリンの音色が空に届くように響きます。
歌が終わった時の拍手は今までの誰よりも大きく、長く続きました。
「アリ君、君のおかげで上手くできたよ」
 全員の歌と演奏が終わり、いよいよ結果発表です。キリギリスはドキドキしながら審査員を見ていました。
「優勝は……野原から来たキリギリスさん!」
 やったよ。アリ君、ぼくはやったよ。
 慌ただしい毎日が始まりました。町から町へ、村から村へ。森でも開かれる音楽会に、キリギリスは引っぱりだこ。たくさんの虫達が彼の音楽を喜び、大きな拍手をしました。
 音楽家として毎日演奏している間にも、季節は移っていきます。秋が深まると、虫達は冬越しの準備をしなくてはなりません。キリギリスも野原に帰り、春になったらまた演奏旅行をしようと思いました。
 懐かしい野原。でももう草は枯れ、木は葉を落とし、冷たい風が吹き始めていました。夜の野原はひっそりとして、所々で元気のない虫達の声がしているばかりです。
 キリギリスはアリの巣穴の前に立つとバイオリンを弾き、歌いました。
「キリギリス君! やっぱり君だった」
 アリは巣の中で眠っていたのですが、懐かしい歌が耳に届き、もしかしたらと思って出てきたのです。
「おかえり。コンテストはどうだったの?」
 キリギリスは話して聞かせました。アリは何度も頷き、嬉しそうに聞いています。
「ぼくが言った通りになったね。君の歌は一番だと思ってたもの」
「君のおかげさ。今度は君のことを話してよ」
「ぼくか。ぼくは……何度ももうだめだと思ったよ」
 カエルに狙われたこと。クモなどの敵に出くわして、何度も食べられそうになって必死に逃げたこと。アリジゴクの罠に落ちかけたこともあったし、目の前で仲間が食べられたこともあったとアリは言いました。
「もちろん仲間のために頑張ってきたんだけどさ。もうだめだって思った時には君の歌を思い出したよ。もう一度聴きたい。それまで死ぬもんかって。ぼくも今こうしていられるのは、君のおかげだと思うよ」
 たくさんのお客さんに聴いてもらい、拍手されることはもちろん嬉しいのですが、アリの言葉はその何倍も嬉しいとキリギリスは思いました。
「キリギリス君、さっきの歌をもう一度聴かせてくれないかなぁ」
「もちろんだとも」
 キリギリスは力いっぱいバイオリンを弾き、歌いました。月のない暗い夜空の下、元気いっぱいの歌が響きます。アリは目を閉じて、うっとりと聴いています。
「なんていい歌なんだろうね。やっぱり君の歌が一番さ」
 歌が終わるとアリはそう言い、小さな袋を差し出しました。
「歌のお礼だよ。少ないけどさ」
 袋の中には食べ物が入っていました。
「君や君の仲間の食べるものじゃないか。そんなのもらえないよ」
「冬越しの用意、まだだろう?」
 冬はもうそこまで来ています。冷たい北風が吹き、野原は雪に覆われることでしょう。ゆっくりとした時間が流れ、アリやキリギリスは眠りにつくのです。
 太陽の日差しが雪を融かし、野原が緑や花に覆われる頃、またアリが忙しそうに地面を歩き回り、キリギリスの歌が聞こえるでしょう。でもそれはまだ先のことです。
                               〈了〉

メモ
働きアリはすべてメスです。ウソ、書いてます(^^;)
働きアリの法則なるものが存在し、一生懸命なアリ、普通に働くアリ、さぼりアリの比率が2:6:2なのだそう。全員が一斉に活動すると同じ時期に休息が必要になるため、コロニー全体の生産量が落ちます。それを避けるためだとか。
冬眠は恒温動物がすることで、変温動物である昆虫は冬越しをします。アリは極端に活動しなくなり、キリギリスは一部に例外はありますが、成虫は冬になる前に一生を終えます。ここもウソ、書いてます(^^ゞ


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