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童話『春の音楽会』第二話

二、旅の音楽会

「旅人さんが来たかった町は、ここかい?」
 小さな町なので、北風は少しがっかりしていました。たくさんの人に音楽を聞いてほしくても、広場に人がいないのです。歩いている人はみんな、ぶ厚いコートの襟を立てて、足早に通り過ぎていきます。
「旅人さん、別の町に行った方がいいと思うな。ぼく、どこか人の多い町があるか探してくるよ」
 北風は空に浮かび上がると、ぴゅうっと飛んでいきました。
 旅人は、北風が飛んでいった空を見上げながら、ほほえんでいました。旅人は町から町へと旅をしながら音楽を演奏しているのです。大きな町もあれば、小さな町に来ることもあります。たくさんの人に自分の音楽を聞いてもらって、楽しいと思ってもらえれば嬉しいのです。そしていつか、楽団に入って、いろんな楽器を演奏する人と一緒に音楽を作ってみたい。それが旅人の夢なのです。
 旅人は、広場のまん中に立って、笛を吹き始めました。とてもやさしいメロディーです。昨日できたばかりの友達のことを思いながら、今日作ったのです。楽しくて、明るくて、今が寒い冬だということを忘れさせてくれる音楽です。
 笛の音を聞いた人が、少しずつ広場に集まってきました。しょんぼりした人が、悲しそうな顏をした人が、気難しそうな人の顏が、音楽を聞いているうちに、だんだん優しい顏になっていきます。みんな、寒いことも忘れて音楽を聞いています。
 旅人の足元に置いた帽子にお金を入れてくれる人がいると、旅人は笛を吹きながら、ありがとうと言う代わりにおじぎをしました。
 びゅうう。
 とつぜん北風が吹きました。みんな寒さに震えて、まるで目が覚めたばかりのような顏で、帰っていってしまいました。
「旅人さん、ごめんなさい。ぼく、みんなが音楽を聞いてくれてるのが嬉しくて、慌てて来てしまったんだ」
 北風は、小さな渦を巻いて枯葉をくるくると回しながら、しょんぼり、ひゅるると音を立てて謝りました。
「いいんだよ。君は嬉しくなったんだものね」
 旅人は、もう一度笛を吹きましたが、家に帰ってしまった人たちは、もう出て来てくれませんでした。
 その夜、旅人が眠っている宿の屋根の上で、北風がひゅーう、ひゅーうと 寂しい歌を歌っていました。
 朝になり、旅人は次の町に向かって出発しました。北風はまだ元気がありません。
「北風くん、元気出して」
 旅人は足を止めて、笛を取り出すと吹き始めました。思わず足を高く上げて歩きたくなるような、元気の出るリズムの音楽です。力が湧いてきた北風も一緒にぴゅるるるる、と歌いました。
「旅人さん、ぼく昨日、遠くまで行って来たんだ。まだ少し遠いけど、大きな町があったよ。すごく立派な音楽ホールがあって、楽団かなぁ。たくさんの人が楽器を持っていたよ。会いにいくといいと思うんだ」
 旅人はどきどきしました。楽団の人に会って、自分も入れてくれるように 頼んでみようと思いました。
「そうだ。ぼく、いいことを思いついたよ」と、小さな町の少し手前で北風が言いました。「旅人さん、さっきの曲をもう一回吹いてくれないかなぁ」
 笛を吹く旅人の周りを、北風はくるくると回りながら少しずつ大きくなって、空へ昇っていきました。
「旅人さん、町には、笛を吹きながら入ってきてね。ぼく、先に行って待ってるよ」
 北風はあっという間に飛んでいってしまいました。
 言われた通り、旅人が笛を吹きながら町にやってくると、広場に大勢の人が集まっています。
 お祭りの日なのかなぁと思っていると、驚いたことに みんなが旅人を見て、大きな声を上げたり、拍手をしてくれたのです。
「旅人さん、音楽を続けて」と北風が言いました。
「北風くん、これは一体どういうことだい?」
「後で話すから。さぁ、笛を吹いてよ」
 旅人は たくさんの曲を吹きました。楽しい曲。きれいな曲。ゆっくりした曲。走っているような曲。町の人はみんな楽しそうに大きな声で歌ってくれたり、ダンスをしている人もいます。曲が終わるたびに、大きな拍手が起きました。
 初めはびっくりしていた旅人も、楽しい曲の時は足踏みをしたり、くるっと回ってみたり、ゆっくりした曲の時はメロディーに合わせて体を揺らしたり、とても楽しく笛を吹きました。
 西の空に大きな夕日が沈んでいく頃、旅人の演奏会は終わりました。帽子の中には、今までで一番多くのお金が入っています。
 町の人が帰ってしまってから、北風が戻ってきました。人々が寒くならないように、少し離れたところにいたのです。
「旅人さん、よかったねぇ。ぼく、本当に旅人さんの笛が好きだよ」
「ぼくも楽しかったよ。それにすごく嬉しかった。でもどうして、この町の人はぼくを知っていたんだろう? 初めて来たのに」
 北風は、ふふっと笑いました。
 北風は旅人の曲を覚えて、町の上からみんなに聞こえるように歌ったのです。風と一緒に楽しいメロディーが流れてくるので、町の人はみんな外に出て聞いていたのです。
「そうだったの。ありがとう。君のおかげで、ぼくの笛をみんなに聞いてもらえたんだね」
 それからというもの、行く先々の村や町で、最初に北風が歌い、その後で 旅人が笛を吹きました。二人の音楽は多くの人を喜ばせ、楽しい気持ちにしました。
「旅人さん、いよいよ来たね。この町だよ。ぼくが楽団の人たちを見たのは」
 今までで一番大きな町です。人も多く、大きな建物が並んでいます。
 旅人と北風は町の音楽ホールへやってきました。外まで音楽が聞こえてきます。楽団が演奏しているのです。旅人の笛も素晴らしいけど、いろいろな楽器で演奏される歌は、とても素敵だと北風は思いました。
 演奏が終わるのを待って、旅人が中へ入って団長と話をしている間、北風は町の上をぐるぐると回っていました。
「大きな町だな。ここで楽団に入って音楽ができるなら、旅人さんにとって一番いいことなんだろう」
 いいことなのに、どうして寂しいのかな。
 北風は 旅人と町から町へ、旅をしながら音楽を演奏することが、とても楽しかったのです。それに春になったら、また三人で音楽ができると、とても楽しみにしていたのです。
 旅人さんが、楽団に入ったら、どうなるのかな?
 旅人が出てきました。北風を見上げて、手を振っています。
「北風くん、ぼくは楽団に入れてもらえたよ。ぼくの笛を団長さんが気に入ってくれた。明日から、みんなと練習するんだ」
 旅人は、夢が叶ったので、とても嬉しそうです。
「春になったら、いろんな町に演奏旅行に行くんだよ。楽しみだな」
 春になったら、演奏旅行に行く。北風には、とても悲しい言葉でした。でも、楽しそうに笑っている旅人に、行かないで自分たちと音楽をしようとは言えませんでした。
 その日の夜、北風は旅人が眠っている宿の屋根の上をくるくる回り、
「旅人さん、頑張ってね」と言うと、ぴゅうっと飛んでいきました。
                             (つづく)


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