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童話『春の音楽会』最終話

三、春の音楽会

 春になりました。暖かい太陽の光は、町も、山も、野原もきらきらと輝かせました。春風が、野原の草をそよそよと揺らしながら通ります。
 野原のまん中を通る一本道の傍で、白いきれいな花が咲きました。春風は花の周りをくるくると回りました。
 旅人が 楽団に入ってから 一か月が経っています。その間、風は野原にいました。花のつぼみが開くのを待っていたのです。
「花さん、きれいだねぇ。ぼく、うっとりしたよ」
「北風さんも、すっかり暖かくなったわね」
「うん。だからぼく、もう北風じゃないんだ。春風だよ」
「旅人さん、どうしてるかなぁ」
「旅人さんじゃなくて、楽団員さんだけどね。もうすぐ楽団がよその町に行くから、今は準備で忙しいんじゃないかなぁ」
「やっぱり、ここには来てくれないよね」
「しょうがないよ。夢が叶ったんだもの。ぼく達、応援しようって決めたじゃない」
 春風がまだ北風だったこ頃、野原に帰って来て、花に旅人が楽団に入ったことを話し、二人でそう決めたのです。
「今なら上手に歌えるのにな」
「ぼくもだよ。ねぇ、花さん。ぼく達二人で音楽会をやろうよ。ぼく、旅人さんに たくさん歌を教えてもらってるから」
 二人は歌いました。
 春風のやさしい歌声と花の透き通った美しい歌声がハーモニーとなって、暖かい太陽の下で、野原一面に広がりました。
 鳥がやってきて声を合わせます。虫達も集まってきて聞いています。野原の花や草もメロディーに合わせて揺れています。
 一本道を歩く旅人達も、野原から聞こえてくる不思議な音楽を、しばらく足を止めて、体を揺らしながら聞いています。
 みんなが音楽を楽しんでいます。もちろん歌っている春風と花にとっても、とても楽しいものでした。
 やがて太陽が西の空に沈み始め、音楽会もそろそろ終わるという頃、一本道から 笛の音が聞こえてきました。
「楽団員さん」
「旅人さん」
 春風と花は同時に大きな声を上げました。そうです。旅人がやってきたのです。初めて会った時のような旅の服で笛を吹いています。
 楽団員になって、楽団と一緒に演奏の旅に出るはずなのにと、春風も花も不思議に思いました。
「やあ。二人とも、久しぶりだね。君達の歌、聞かせてもらったよ。とっても上手で、素敵だったね。ぼくも今日、一緒にやりたかったなぁ。遅くなってしまって、ごめんね」
「旅人さん、楽団は、どうしたの?」
「ぼくは今回の演奏旅行には行かないんだ。大事な用があるからって、団長さんにもちゃんと話はしてるから、大丈夫だよ」
「大事な用って?」
「ひどいな。約束したじゃないか。春になったら一緒に音楽をやろうって」
「えっ。じゃあ、ぼく達と音楽をするために来てくれたの?」
「そうだよ。楽団も楽しいけど、友達と一緒に演奏する音楽より楽しいものはないんだよ。今日はもう暗くなるから、明日、またやろうよ」
 次の日から、三人の春の音楽会が始まりました。
 旅人の笛、春風と花の歌。三つのハーモニーが野原に響きました。素敵な音楽会のうわさは遠くの町まで広がり、たくさんの人が聞きにきました。
 野原でひらかれる春の音楽会。毎年やろうって、決まったようです。
                             〈了〉


『春の音楽会』は今回でおしまいです。いかがでしたか?
思い入れのある作品とはいえ落選作ですから、ずっと下書きのままでしたが、読んでいただけてとても嬉しいです。ありがとうございます。

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