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童話『春の音楽会』第一話

作品について
2022年『小川未明文学賞』短編部門に応募した作品です。原稿用紙20~30枚の規定です。全部で6600文字ほどになりますので、三回に分けて公開しようと思います。短編部門は小学校低学年が対象のため、応募原稿では小学二年までの漢字のみを使い、ひらがな表記の文節間に空白を入れる、分かち書きをしていましたが、公開にあたり表記を改めています。
では、本編です。


一、夜の音楽会

 暗い夜空の下で、一人の旅人がたき火をしていました。
 朝からずっと歩いてきましたが、町につく前に日が暮れてしまったので、野原にテントを張って、眠ることにしたのです。
 季節は冬。北風がびゅーびゅー吹く、寒い一日でした。
 体が温まってくると 旅人はコートのポケットから 笛を取り出して吹き始めました。とてもきれいなメロディーです。旅人は音楽家でした。たくさんの人の前で音楽を演奏して、お金をもらうのです。野原にお客さんはいません。それでも笛を吹くのは、音楽がとても好きだからです。
「素敵な音楽ねぇ」
 急に声がしたので、旅人はびっくりして 笛を吹くのをやめました。
「もっと聞かせて」
 旅人は辺りを見回しましたが、誰もいません。不思議に思っていると、
「わたし、あなたの足元にいるわ。よく見て」
 地面を見ると花がありました。花といっても冬ですから、まだつぼみです。
「きみが話しかけてくれたの?」
「そうよ。わたしも音楽が好きなの。この野原、とても寂しいでしょう? 歌を歌いながら歩いていく人が多いの。それを聞いて、覚えるの。そうだ。さっき笛を聞かせてもらったお礼に、わたし、歌うわね」
 花は歌い始めましたが、声はかすれて音も外れているようです。花はすぐに歌うのをやめてしまい、体を震わせて泣いてしまいました。
「こんなに下手じゃないの。今はつぼみだから声が上手くでないの。春になったら、もっと上手く歌えるのよ」
「歌はね、上手い下手じゃないんだよ。さ、もう一回歌ってみて」
「でも」
「いいから。こんどは、ぼくが笛で合わせよう」
 花はもう一度歌いました。やっぱり声がかすれて、音も外れているのですが、旅人は自分もかすれて、外れた音を出しました。するとどうでしょう。とても楽しくて、ゆかいな音楽になったのです。
 花は楽しそうに左右に体を揺らしながら歌い続けました。旅人の笛も夜空に響きます。
 びゅう。
 急に冷たい風が吹いてきて、旅人も花も寒くなって体を震わせました。
「どうして歌をやめるんだい? 楽しそうだから来たんだ。続けてよ」
 旅人と花は辺りを見回しましたが、誰もいません。不思議に思っていると、
「ぼく、北風だよ」
「だから寒くなったのね」
「ああ、ごめんよ。ぼく、ほんとは風なんだけど、冬は冷たくなってしまうんだ。それより楽しい歌だったね。そうだ。ぼくもお礼に歌うよ。いろんな町で覚えた歌があるんだ」
 ひゅるるる。
 北風の声は、とても高い音でした。きれいな歌声が、風に乗って遠くまで流れていくようでした。
「冬は声が高くなってしまうんだ」
「でも、とてもきれいだったわ」
「三人で合わせてみよう」
 北風の高い声、花の調子の外れた声。旅人の笛は、その二つをつなぐように行き来して、とても楽しい音楽になりました。
「歌がこんなに楽しいなんて。ぼく、いつも空で一人で歌ってたんだ」
「わたしも、野原で一人ぼっちで歌ってたの。みんなで合わせると、こんなに楽しいのね」
 旅人は、それを聞いてとても嬉しく思いました。
「友達と一緒に合わせるとね、音楽はとても素敵になるんだよ」
「友達? わたし、花なのに」
「ぼくだって風だよ」
「でも一緒に音楽ができるじゃないか。ぼくは君達を友達だと思っているよ」
「わあ、なんかうれしいな」
 風はくるくると回って、びゅっと吹きました。
「北風さん、寒いわ。でも友達って、なんか温かい言葉ね」
 花の言葉に、旅人も北風も嬉しそうです。
 長い夜です。旅人は眠くなってテントにもぐりこみました。花もうとうとしています。北風は眠らないので、二人が寒くて目を覚まさないように、カゼをひかないように、たき火が小さくなってくると風をぴゅっと吹いて火を大きくするのでした。
 東の空に太陽が昇り、野原が明るくなってきました。花が目を覚まし、しばらくして旅人もテントから出てきました。
「旅人さん、よく眠れたかい?」
「うん。君が火を見ていてくれたんだね。おかげでよく眠れたよ。ありがとう。ぼくは元気いっぱいさ」
「それは よかった。ところで旅人さんは町に行くの?」
「そうだよ。たくさんの人にぼくの音楽を聞いてもらわなくちゃ」
「旅人さんの笛は世界で一番さ。ぼく、そう思うな」
「わたしも」と言ったものの、花は寂しそうです。
「北風さんはいいな。旅人さんと一緒に行けるもの。わたし、ここでまた一人ぼっちになってしまう」
 旅人と北風は顏を見合わせました。
「一人になんかならないよ。ぼくは飛ぶのが速いから、すぐに来れるよ」
「でも旅人さんは」
「ぼくも春になったら、戻って来るよ。また三人で一緒に歌おう」
「ほんと? 約束してくれる?」
「もちろんだとも」
「ありがとう。春になったら、わたし、きれいな花を咲かせてるから、昨日より上手く歌えるのよ。だから会いに来てね。きっとよ」
「約束するよ」
 町に向かった歩いていく旅人の背中を花はいつまでも見送っていました。つぼみについていた朝露が涙のように落ちて、太陽の光に照らされてキラキラと輝きました。
                            (つづく)


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