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童話『そらになった雨つぶ』

 雲の上はいつも晴れた空が広がっています。地面にいくら雨が降っていても、空は雲より高い所にあるのですから。昼間はどこまでも青く、夜はたくさんの星が輝きます。
 黒い雲は小さな雫の集まりです。その雫が、ぽつり、ぽとぽと雲から落ちて、雨になるのです。雨粒は透き通っていますが、地上に降ると色がつきます。どんな色にもなれるのです。それが雨粒たちの楽しみでした。
 雲の中で空を見上げている雨粒がいます。
「きれいだなぁ。あんなきれいな青になりたいなぁ」
 それを聞いて他の雨粒たちは笑いました。
「無理だよ。雲より高い所には行けないもの」
 重たくなってきた雲から雨が降り始めました。暗い空からたくさんの雨粒が落ちてきます。巣に帰ろうとしていたカラスの羽に落ちた雨粒は黒に。木の葉っぱに落ちた雨粒は緑色に。花に落ちた雨粒は赤や白、紫に。開いた傘や車の屋根に落ちた雨粒も黄色やオレンジ、紺色に。雲が軽くなってから落ちた雨粒は、空に架かっていた虹の色に、それぞれみんな色をもらいました。
 青空になりたい雨粒は雲から一番最後に落ちました。太陽も顔を出し、晴れ間が覗いています。でももらったのは、きらきら輝く太陽の色。とても美しい色ですが、雨粒はがっかり。
「あれ? 空の色が見えるぞ」
 雨粒は不思議に思いながら、水たまりに飛び下りました。ぽちゃんと起きた波が治まっても、雨粒は空の色になっていませんでした。青く見えた水たまりは、空の色を映していただけだったのです。
 雲が風に流され、青空が広がります。
「あんな色になりたいなぁ」
 水たまりから空を見上げていると、仲間の雨粒が次々と空に帰っていきます。鳥の羽に落ちた仲間は、鳥が羽ばたきすれば地面に落ちます。葉っぱや花、傘や車に落ちた仲間は傘を閉じたり、風に吹かれたりして地面に落ちて、時間が経つとともに空へと帰っていくのです。川に落ちた仲間は海まで流れて、そこから空へ帰ります。もらった色は持って帰ることができません。雨粒は空気のように見えなくなって空に昇ります。そしてまた雲になり、雨粒となって降ってくるのです。
「次はどんな色になるだろうねぇ」
 雲の中で雨粒たちはそんな話をしています。空の色になりたい雨粒だけが、どうしたら青い空になれるか考えていました。
「そうだ。いいことを思いついた」
 そして雨の日ではなく、よく晴れた日に雲から一人で飛び下りました。
「今日は空が全部青いから、ぼくも青くなるはずだ」
 この間は青空が少なかった。そう思っていたのですが、太陽に照らされて、きらきらまぶしく輝くだけ。またがっかりでした。
 雨粒が落ちた所に、一人の男の人がいました。
「おや? 天気雨かな?」
 男の人は、そうつぶやいて、空を見上げました。
「きれいな青空だ。あの色が出せたらなぁ」
 男の人は画家で、風景を描いていたのです。
 しばらく空を眺めて、パレットを見た画家は驚きました。空と同じ色があったのです。画家は青い絵の具を使おうとしていました。そこへ雨粒が落ちて、空の色になったのです。
 画家は筆を走らせ、画用紙に青空が広がっていきます。本当の空のような、澄んだ青い空でした。
                               〈了〉

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