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ショート・ショート

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ショート・ショートを集めました。ここの作品はどちらかといえば大人の方向けに、ちょっとブラックなものも含めて書こうと思っています。
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#私の作品紹介

S.S.『風は知っている』

 晴れ渡った空の下、私は石畳の坂を上っている。前にこの道を歩いてから、二十数年の時が流れている。  丘の上まで来て、大きく息をついた。ここは私の一番好きな場所だった。見晴らしが良く、空の広さも感じられる。遠くに見える街。流れていく雲。時間とともに色を変えていく空。見ていて飽きなかった。  若い頃はよくここへ来たものだ。つらいことや上手くいかない時は、いつもここへ来ると慰められた。風に包まれていると不思議と心が落ち着いた。姿は見えないが、風が一緒にいてくれるような気がしたのだ。

S.S『ついていきます』

この作品は、きつくはないですがホラーや怪談風ショート・ショートです。苦手な方はご注意下さいね。 何度も通っているトンネル でも夜は初めて 口を開けてぼくを待ってるみたい コツコツ、コツコツ いやだな、足音が響くよ コツコツ、コツコツ ぱたぱた ひたひた 足を止めて耳を澄ます 何も聞こえない また歩く コツコツぱたぱた、コツコツひたひた 足を早める 合いの手も早まる 「だ、大丈夫。何もいる訳ないし ♪お、おばけなんてう~そさ~」 ひたひたひたひた…… 「こ、怖くない

ショート・ショート『夕日と花一輪』

「あなたの人生を変える出会いが、まもなく訪れます」  占いなんて信じてない。たまたま気が向いて占ってもらっただけ。でもこう言われたら、僕が占い師を訪ねるなんて、何か予感めいたものがあったのかな、なんて思うじゃない。しかも占い師はテレビでも活躍してる有名な人だから、期待しちゃうよね。  元々運命なんて信じてないんだ。ドラマじゃあるまいし、毎日何の余裕もなく生きてる人間に、劇的な展開なんて望むだけ無駄だから。  大それた幸運なんて望んでないよ。それは僕の手に余る。でもあくせく毎日

ショート・ショート『ご招待』

さあさあ、いらっしゃい。 どちら様も、こちらへいらっしゃい。 みなさまをご招待いたしましょう。 きっとご満足いただける幸せなご招待です。 たくさんの方々にお集まりいただけて、 わたくし、感謝の極みでございます。 さあさあ、出発の時刻が近づいておりますよ。 まだお申込みでない方は、お急ぎ下さい。 これっきりのご招待ですよ。 きっとご満足いただけると存じます。 お集まりのみなさまに一つだけ、 ご招待と申し上げながら恐縮ですが、お願いがございます。 今お持ちの思い出を全部、わた

連作ショート・ショート『鼻たれ神』第四話(最終回)

「勇の思い出」 (世の中、変わったのう)  道行く誰を見ても余裕がなさそう。せわしなく足早に、周りの景色どころか人や車にも注意しているように見えない。  鼻たれ神は道端から起き上がった。倒れていても誰も気づきもしない。気づいても無視されることが多くなった。 (世知辛いのう)  仮にも神の名を持つ自分すら生きにくい世の中。鼻たれ神は寂しかった。  夕暮れの陽を浴びながらヨロヨロと歩き、公園で水を飲んだ。少しは空腹が紛れた。ベンチに腰を下ろして杖を立てかけた。 (人間にとって神

連作ショート・ショート『鼻たれ神』第三話

 「願い事は三人」 池の中から女神が現れた。 「お前の落としたのは、この神か?」 「違います。そんなに汚くなくて、長い鼻水がたれてます」 「では、この神か?」  女神は池の中から白い貫頭衣を着て、糸のような細い目をした小男を連れてきた。 「はい。それです」 「勇よ、神に向かってそれとは何ぢゃ」 「おだまりなさい。今はこの女神が話しているのですよ。勇とやら、あなたはとても正直な青年です。褒美に二柱とも神をやろう」 「えっ! 女神様、いりませんよ」  女神は勇の言葉を無視して池

連作ショート・ショート『鼻たれ神』第二話

「大きな願い事一つ」 「誰だよ、こんな時間に」  布団に入ろうとしていた勇は、眠そうな顔で玄関に向かった。 「誰ですか?」  アパートのドアの向こうから聞き覚えのある声がした。 「おお、前にもこんなやりとりがあったのう。懐かしい声ぢゃ」 「その声は!」  勇がドアを開けると、糸のような細い目をした、白い貫頭衣を纏って杖を手にしたあの神が、鼻水を垂らしてにこやかに立っていた。 「勇、久しぶりぢゃのう。元気にしてたか?」 「久しぶりも何も、一週間で人はそんなに変わらないよ」 「

連作ショート・ショート『鼻たれ神』第一話

「願い事三つ」  何か置いてあるのだと勇は思った。電柱の陰に白いゴミ袋が置いてあるのだと。傍を通り過ぎようとすると、その何かが動き出し、 「これこれ、そこの道行く若者よ」  勇は驚いて足を止め、じっと目を凝らした。街灯の明かりの下、さっきゴミ袋だと思った物は、白い貫頭衣を纏った人のようだ。背丈は勇の半分ぐらい。恐らく1メートルないだろう。手に背丈より長い杖を持ち、表情は糸のように細い目のせいか温和に見える。髪のない頭が街灯に照らされて後光が差しているようだ。しかし長く垂れた