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懲役20年の刑期(に似たようなもの)を終えて

とても狭い、6畳もない空間で20年間過ごした私の心身は、重大なダメージを受けていた、と気づかされたこの4ヶ月てす。

私は18歳から39歳までの20年間を、独房のような、せまく、うるさく、息苦しい、人が何十年も継続して住むようなところでは「ない」ところで生活をしてきました。

具体的にいうと、東京都内の単身者向けのワンルーム集合住宅の賃貸です。

今月の精神科の受診は、地方移住をしてから2回目で、5LDK一人暮らしをはじめて3ヶ月経過後の報告でした。

そのときに担当医師の先生に話したことが、タイトルの通りの話です。

狭すぎる物件で20年も過ごしたことは、渦中では気づかなかったものの、自分の心身に悪影響をもたらし、20代から30代という、貴重な時間に、大きな影を落としました。

「これは懲役20年と言っても過言ではなかった」という率直な感想が自分の口から出たのです。

「そうだね、それは大いに関係していると思いますね」と担当医師の先生は静かにうなずきました。

私も好き好んで懲役20年の独法生活をしていたわけではありません。

給与が上がるよりも税金が上がるスピードが圧倒的に早かった20-30代のフルタイムサラリーマン時代。

治安の悪い住環境のために、性犯罪被害にも遭った私は、それなりの安全面が確保された地域・物件に移動して、家賃も上がるばかり。

安全を最優先で確保するには、住居の面積を犠牲にして、とにかく狭い物件に住むしかなかったのです。

実家の環境が平和だったり、あるいは、若いうちにパートナーのような人を見つけて、複数人で住むようなタイプのある程度の広さのある物件で生活ができていたら、こんなことにはならなかった気がする。

そんな話をしました。

誰も頼れないのだから、全て自分でなんとかするしかない。

自分だけの力でなんとかするには、安全で、家賃も身の丈にあったところは、狭い6畳もないワンルームしかなかったのです。

私以外の人で、私のような独房生活を、東京で20年以上継続している人といえば、近藤誠一さんくらいしか知りません(そういうこともあって、近藤誠一さんは、常に私の道標でしたし、心の支えでした)。

しかし、私は、近藤誠一さんのような、プロスポーツ選手でもなければ、バッキバキの理系でもなく、人気者でもありません。私には何もないのです。

なんとか意地で20年間耐え続けたけれども、精神は破壊され尽くして、生活を継続することは金銭的に不可能になりました。

もう精神が壊れてしまって、誰にも助けてもらえず、警察も家に来ましたね。

どうして私の精神は耐えられなかったのだろうと考えてみましたが、複合要因の一つとして、「住環境の劣悪さ」がありました。

どう考えても、あれは人がまともに生活するような環境ではないのです。

当時は気付けませんでしたが、今、20年間の刑期のようなものを終えて、はっきりとわかるのです。

そういう物件というのは、住むのはせいぜい3-4年が限度ではないしょうか。

普通は、一時的な住処であって、終の住処ではないのです。

それなのに、20年以上継続してしまって、できることなら一生やろうとしていた自分はあまりにも無謀すぎたのです。

いつか必ず広い住環境に、と思いながらも、まず精神が使い物にならなくなり、そこから自力で抜け出せなかったことも、今となっては、当たり前の帰結に思えます。

ブラック企業ならぬ、ブラック住居です。

でも、その20年の地獄がなかったら、今の平穏も訪れていないわけなので、もし過去に戻れたとして、そこでどうにかできるかといえば、それもできない話です。

せいぜい20代で、そのような暮らしの継続を断ち切れている人が周りに多いのに、どうして私は、どんなにもがいても、できなかったんだろう。

資格職につけばできそうな気がしたけれども、それも叶わなかったし、私は圧倒的に生存力が弱い。力が弱すぎて、強運がなければ、何も変えられない。

今回も、強運のおかげだけで、最悪の自殺エンドを回避したし、強運のおかげだけで、5LDKの広い家を無料で貸してもらえることになった。

強運がなかったら、東京の山で、物理的に自発的に死んでいたのだ。

自分ではどうにも変えられない人生と運命を、どうにか救ってくれた運の良さに感謝して、今は静かに眠りたい。

そして、常識を疑って過ごしていきたい。

そう思っています。

あまりいろんなことにガチガチにとらわれて、死んでしまわないように。(了)

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