【小説】香りのわかる大人になりたい
茶葉の袋をあげて、立ち上がるそれに顔がほころぶ。
人口に膾炙された、ありふれたブランドの、ありふれた茶葉だ。違いなんてわからないし、道具にこだわる気もさらさらない。――だけど、この香りだけは大事にしたいと思う。
幸い、この一年は自分にとって飛躍の年になった……と思う。
振り返らずに進んで成功を掴みかけたからこそ、不意に恋しくなったのだろうか。
やっとフリーの私に仕事が舞い込むようになって一年。高評価がつくようになって半年。専属になって三か月。なんだか自分が大きくなって、その分希釈されたようで、心細くなった。
そんなとき、思い出した。父は紅茶が好きだった。母の影響でコーヒーばかり飲んでいたけど、紅茶も飲んでみようって思い立ち、その日のうちにスーパーに行った。パソコンにずっと向かっていたいと通販ですべてを済ませていた自分にとって、久々の日常のようなものだった。
ついでに溜まりに溜まった段ボールも回収に出してみる。古紙回収の業者が町を走ってくれているわけでもなく、自分で回収ステーションに持って行かなければいけないことを今さら知った。
袋を開けて、立ち上る香りに古里(ふるさと)を想う。
なんの違いもわからないけど、何種類か茶葉を揃えてみた。
機能さえ果たせばいいと百均で買ったコップでは物足りない気がして、町の雑貨屋さんに足を運んだ。
がむしゃらに必死に仕事をしてきたけど、こんな風に余裕を持つことも大事なのだと思う。父も、自分の身一つで事業を起こした孤独な人だったから。
私にも母のような、沿うてくれる人は現れるのか、なんて、自分らしくないことを考えて、誰もいないのに赤面する。
紅茶を飲みながら、コードを書いていく。納期は明日だが、不思議と焦りはない。茶葉の香りに助けられて、いい作品が作れそうだ。
完
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