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母がだんだんしぼんでいく

まるで風船が少しずつしぼんでいくように母が小さくしぼんでいく。

久しぶりに帰省して1週間ほど実家で母と二人で過ごした私は、あと何回こうして一緒にご飯を食べられるのだろうかなどと考える。


帰省の最終日、電車の時間までまだ少し余裕があったので母の昼食を作ってから帰ることにした。
冷蔵庫に残っていたキノコと野菜で作ったパスタを母は一口食べると「うん、美味しい!」と言って大きくうなづき私を見てニコッと笑う。
ニンニクと鷹の爪を使ったパンチの効いたパスタが大好物な母。
が、二口目を口に運んだ途端に母は急にボロボロ涙を流して泣き出したのだ。
「帰る直前まで親のご飯を作ってくれるなんて、、、こんなに良くしてもらってぇ〜〜」と言って顔をくしゃくしゃにして泣いている。
私は驚いて「なーに泣いてるのよー!大袈裟なんだからー!」とわざと大きな声であっけらかんと返したが、何だか私も涙が出てきた。

笑いながら二人で泣いた。

今回の帰省は普段栄養が偏りがちな母の為に手作りの食事を食べてもらうことが目的の1つでもあった。
妹を呼んで3人で賑やかに食べたりもした。

父が亡くなり実家で1人暮らしをしてきた母は最近では身体も脳ミソも小さくなって、色んなことに鈍感になり、忘れん坊になってきている。
そして感情の表現は以前よりストレートだ。
泣いたり笑ったり怒ったりが忙しいがその感情は長続きはしない。

私はこのまま母を1人にして帰ってよいのか不安になっていた。
近くに住んでいる妹や叔父が頻繁に訪れてはくれているのだが泣いている母を見るととても切ない気持ちになる。


またすぐに来よう。
また母の好きなご飯を作って母と一緒に食べよう。
帰りの電車に揺られずっと母を想いながらこの1週間の母の様子を思い出すと胸が熱くなった。


実家は老人が1人で暮らすには広すぎて、母には決して住み良い家ではない。
掃除も行き届かないし、暑さも寒さも身に染みる。
エアコンの操作すら1人では上手くコントロール出来ないので暑過ぎたり寒過ぎたりしてしまう。
床の拭き掃除をすれば雑巾が真っ黒になる始末だ。
母のプライドを傷つけないように上手く口実をつくって私は家中の掃除をした。
昔ほどではないが、母は私が実家で家事をすると「お客さんなのだから動かないでいいのよ」と言って私が洗い物や掃除をするととっても申し訳なさそうな顔をするのだ。

楽しみにしているテレビを見ていても、私が何かしようとするとすぐさま立ち上がるので、片付けや掃除が思うように私のペースで進まない。

私は少しでも母が心地良く生活できたら良いと考えて家の中を整えた。
先ずダイニングテーブルの上を整理して新しいテーブルクロスを掛けた。
テレビが見やすいところへテーブルを移動して母が過ごしやすいように動線をつくり居間の模様替えをした。
壁にかけてあった古い額や埃をかぶった造花は片付けるとスッキリして部屋も明るくなった。
母は食事をする度に「レストランで食べているみたい」と言って嬉しそうにした。

妹から聞いてはいたが、実家にはテレビショッピングで手に入れた様々な品があふれていた。
掃除用の洗剤から顔のシワ取りクリーム、シミが隠れるファンデーションなどの化粧品類、高圧洗浄機、枝切り鋏、カルシウムやコラーゲンなどのサプリ、痩せる薬までも。

母は朝起きてから寝るまで家にいる時はほとんどテレビを見ているが、母が見ているBSチャンネルではテレビショッピングがとても頻繁に流れていてつい買ってしまうのだろう。
「ほどほどにね。」とやんわり注意をしてみたが、母はテレビショッピングの画面を食い入るように見つめている。

昨日は母が郵便局で現金を引き出したいから連れて行って欲しいと言うので一緒に行った。
ATMの近くで待っていると、母が私の方を振り向いて手招きする。
走り寄ると「いつもやっているのに出来なくなっちゃったー」と今にも泣き出しそうな顔で言うのだ。
通帳を入れる場所が分からなかったようだ。
暗証番号はスムーズに入力し、2ヶ月分の年金額もササっといつも通りに出来てひと安心。

今まで普通に出来ていたことがこうしてだんだん出来なくなるのか、、、。

母にはまだまだ笑っていて欲しいと願う。
昨年この町にできた映画館にも早く連れて行かなきゃ。
大好きな新日本プロレスの試合にも、巨人戦も、相撲観戦にも連れて行ってあげなきゃ。
美味しいクリームソーダのお店にも。

小さくなった母の背中を見ながら限りある時間を大切にしようと深く心に留めた。

私は母の笑顔をもっともっと見ていたい。

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