吹っ切れた人間の飛躍力を見よ
『リトル・ミス・サンシャイン』(2006)
新年2本目、これも久々3回目くらいの見直し。
バラバラだっためちゃめちゃな家族が、ミスコンに出たい娘のために黄色のフォルクスワーゲンのバスに乗ってロードムービーしながら、それぞれがどん底から回帰して吹っ切れてフィーバーする大変良いお話。
この映画がすごいのは、登場人物の内面にフォーカスして抒情的に描くということがなく、というかそんな暇なく、ただひたすらに、すさまじいテンポで出来事が重なっていくのを追うばかり。それなのに最後には、なぜか笑い泣きしてしまう。皆がそれぞれに絶望を体験し、しかし絶望しても立ち止まる暇なく、とりあえずバスと一緒に走り抜けるのである。
パパは自著の『成功への9段階』という自己啓発本のプロモーションで頭がいっぱいで、勝ち組思想に脳みそが侵食されている。ママは、家庭の経済状況にヤキモキしながら皆をとりまとめる学級委員的ポジション。ママの弟のおじさんは、プルースト研究者のゲイで、自身の研究者としてのキャリアの問題と失恋が理由で自殺未遂、急遽ママが引き取りホームステイ中。兄は、ニーチェに傾倒し、空軍士官学校に入るまで無言を貫いている思春期真っ盛り。おじいちゃんは老人ホームを追い出されたヘロイン中毒。7歳のオリーブは、ミスコンに出ることを夢見て、おじいちゃんに踊りを教わっている。
そんなカオスな家族が、カリフォルニアのミスコンに補欠で出れることになったという娘のために、(飛行機チケットを取る余裕はないため)バスでアルバカーキから遠路はるばる旅することに。
道中、パパは出版の契約が失敗におわり自暴自棄に(「問題はプログラムより君だ」と言い渡す取引先の男は、『ブレイキング・バッド』のミスターホワイト:ブライアン・クランストン。さすがアルバカーキ)。フランクは、おじいにおつかいを頼まれガスステーションにてノンケポルノ雑誌を買っている現場を、あろうことか元カレに目撃されて詰む (いたたまれない...)。
そうこうしてるとオンボロワーゲンはクラッチ故障のため発進できず、発進時は人力で押して勢いをつけねばならなくなる。さらにはモーテルでヘロインをキメたおじいは心臓発作で死亡。この辺からパパの吹っ切りが、「成功者への道」思想を巻き込んで壮大に飛躍しはじめる。なんとしてでも娘のコンテストに間に合わせなければならない、葬儀を手配してる暇もないと悟ったパパは、遺体をシーツに包んで病院から運び出し、トランクに詰めて旅路を続ける。この辺りはブラックジョーク効きまくりで、笑ってしまう。
クラクションが故障しながらも、いよいよ目的地間近になって、今度は兄が色盲ということが発覚し、パイロットを目指すことが不可能と判明。かたくなに守られていた数ヶ月の沈黙を破って、バスから転がり出して「ファーーーーック!!!!」と叫び泣く失意の兄。妹の無言のハグにより、あきらめてバスに戻る兄。これを機に、兄は話し始めるようになるのだが、22歳で15歳役を演じたポール・ダノは素晴らしく、話し始めるようになってからは、何かをあきらめた人間が持つセクシーさをも醸し出している。
バスが停車できないので、歩道を突っ切り、駐車場のバーを破壊し、コンテスト会場に辿り着くパパ。5分遅れで受付してくれない頭の固い女を前に、おもむろにひざまずき、エントリーを乞うパパ。何かを完遂させたいという強い想いは、勝ち組云々の信条を超える。要はアツい男なのである。
ミスコン特有の異様な雰囲気のなか、満を持して登場したオリーブちゃんはおじいちゃん仕込みのハレンチダンス『Super Freak』を踊って爆弾投下、会場を唖然とさせる。パパをはじめとして、家族みんなで壇上にジョインして踊り狂い、エンディングへ。このあたりで、もう笑い泣き。
兄とフランクおじさんが海辺で語り合うシーンが良い。「世界はミスコンのようなものだ、偽物ばかりの世界」と言い放つ兄。そこでフランクおじさんは言う。若い頃に悩まないといつ悩む?と。兄は言う。「飛びたきゃ自分で飛ぶさ。」
吹っ切れた人間の飛躍力はすごいのだ。世の中の不条理を呪っても、自分の不遇を嘆いても仕方ない。
発進するまでは自力で勢いづけて押さないといけないけれど、いざ走り出してしまえば3速から4速へはクラッチ操作が必要ないから大丈夫、というおんぼろワーゲンバスのように、絶望なんかしないで、勢いに任せて走っていけばいいのだ。
そして、適当でゲスくて、でもここぞというときに優しくて、爆弾をぶっ込んで逝くおじいがズルい。ああやって、おちゃらけて生きれることこそが「勝ち組」なのかも。