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金魚の尾びれ

 ゆらゆら揺れる金魚の尾びれ。重なる色と光。
「きれい」
 呟いた声が、変化する色と重なった。

 夏の終わり、私たちは最後の夜を過ごした。いつか終わるとわかっていた。終わりに向かって歩いているような恋は、鈍い痛みとどうしようもない甘さを引き連れてべたべたとまとわりつく。口の周りについた綿菓子のようなそれを、ぐいと手のひらで拭った。


「これ、行こうよ」
 ネット検索で出てきた画像を、悠の鼻先に押し付けた。
「近いよ」
 笑ってそう言った彼は、水色の肌掛け布団から細い腕を伸ばして私のスマホを取り上げた。
「へぇ、きれいだな」
「でしょ?行きたいの。行こうよ」
「いいよ。今日何するか、まだ決めてなかったしな」

 8月の夕暮れ、悠の家の最寄り駅で待ち合わせをした。船橋駅はいつも人が多い。ごった返す人の波に押し流されながら、夏生はぐっとお腹に力を入れた。
 行きつけの居酒屋で焼き鳥を食べ、キンキンに冷えたビールで乾杯をした。会えた日の一杯目は、いつもビールだった。ぐっと流し込んで息を吐く瞬間、顔を見合わせて笑う。その時間がすきだった。
 手を繋いで夜道を歩く。ふらふらと覚束ない足取りになった私を、悠が笑いながら引っ張る。泊まる場所も使う部屋も、大抵同じだった。私たちは、刺激よりも安心を好んだ。

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