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書きたいから、書く #わたしの執筆スタンス

「書く」ということ。それは、あまりにも昔から私の傍にあった。ノートの切れ端、原稿用紙。画用紙。書ければ何でも良かった。勉強は好きではなかったが、文章を書くことだけは純粋に好きだった。

小学生の頃、作文が大好きな校長先生がいた。その先生は、全校生徒の日記を毎日読んでいた。そして、必ずお返事を書いてくれた。お返事の横にはいつも可愛いシールが貼ってあった。私はそれが楽しみで、毎日一生懸命日記を書いた。日々の生活はあまり優しいものではなかったが、その時間は心が休まった。校長先生は、文章を「評価」しない人だった。そこに書かれた出来事、心情、そういうものに目を向けて読んでくれる人だった。だから私は、安心して書くことが出来た。


ある冬休み明け、私は校長室で先生と一対一で鉛筆を握りしめて唸っていた。コンクールに提出する為の作文の推敲。大好きな先生との時間でもあり、文章と向き合う真剣な時間でもある。先生が入れてくれた赤ペン箇所を見つめながら、私は悩んでいた。

”そこ、消したくない”

読書感想文や作文には文字数制限というものがある。文字数をオーバーして書くことは出来ない。いや、書くことは出来る。でもそれはコンクールには出せない。私は昔から、文章を削る作業が圧倒的に下手だった。あれもこれも伝えたい。そう思ってつい詰め込んでしまう。そのせいで要点がぼやけてしまうことには気付いていた。でも、先生が赤線で消した一文のなかで、どうしても消したくないものがあった。

大人は、絶対だ。先生や親の言うことに逆らったらだめだ。そんな刷り込みが私の口を塞いだ。それでも手は、正直に動かなくなった。

「どこにつまずいているのか言ってごらん」

息を詰めたように原稿用紙を見つめていた私の後頭部から、優しい声が降ってきた。恐るおそる顔を上げると、先生がいつものように優しい顔で微笑んでいた。

「あの…」

「うん?」

「あの…あの」

「作文にはね、”間違い”というものは存在しないんだよ。知ってたかい?」

「…え?」

こうじゃなきゃ。ああじゃなきゃ。そんなのはね、ないんだ。君みたいに書きたくて書いている子の文章は、読めばすぐに分かる。その気持ちより大事なものなんてないんだよ。だから、それ以外のことはそんなに大事にしなくていい。君がこの文章のなかで何を伝えたいか。それだけを考えて、ちゃんと言いたいことを言ってごらん」


「この、この部分、削りたくないんです。ごめんなさい。でも、どうしても…ここ、削りたくないんです」

何でか分からないのにこぼれてくる涙を拭いながら、必死に言葉を絞り出した。それを聞いた先生は、やっぱり穏やかな声でこう言った。

「そうだったんだね。それは申し訳ないことをした。じゃあ、もう一度一緒に考えよう」


私はこのときの作文で、大きな賞を獲った。賞状を壇上で手渡してくれた先生は、とても嬉しそうな顔でこう言った。

「楽しかったね。おめでとう」


***

文章は、自由だ。読んでもらう為に必要なテクニックや校正、推敲、そういうものの大切さも身に染みて知っている。そういう勉強も独学でずっとしてきた。でもおそらく、私の文章をカタチ作っているものはこうして手渡してもらった言葉たちだ。そして、読み続けてきたたくさんの物語のなかにある文章。そこから受け取ったメッセージ。それらがあって初めて私の文章は完成する。

私のなかから溢れる想い。伝えたいもの。それも、もちろんある。でも残念ながら、私は身の内からだけでは伝えられることがあまり多くない。そしてその多くが、優しいものではない。
優しいものを伝えたいとき、静かに記憶の宝箱を掘り起こす。湧いて来るのは、いつだって他人が手渡してくれたかけがえのない言葉だった。先日書いたエッセイのタイトルを、当初は少し情けなくも思っていた。しかし、とても幸せなことなのだと気付いた。

忘れたくないと思う言葉が、私のなかで生きている。それらが与えてくれる力は、存外大きい。

私はそれを新たに出会えた人たちに手渡していきたい。丁寧に、一つ一つ。それを受け取ってくれた人が、ちょっとしんどいときにふとその言葉を思い出してくれたら。それでほんの少しでも顔を上げてくれたら。もしくは、流せなかった涙を流してくれたら。それ以上の幸せはない。


毎日書くものの色は変わる。私の心模様に合わせて、文章も日々変化する。でもたった一つ、変わらないものがある。

遠い昔、大好きだった先生が教えてくれた、一番大切なこと。

書きたいから、書く。

それが私の、執筆スタンスだ。


だいすーけさんの企画に乗せて、書かせて頂きました。
ずっと書きたくてなかなか書けなかったこのお題。おかげで原点に立ち返ることが出来ました。

だいすーけさん、ありがとうございました。



最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます。 頂いたサポートは、今後の作品作りの為に使わせて頂きます。 私の作品が少しでもあなたの心に痕を残してくれたなら、こんなにも嬉しいことはありません。