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【短編】宇宙一のエゴイストの話

恐らく君たちが「神」と呼ぶ存在の正体は、今から728 年後にこの世に誕生する1人の天才プログラマーである。

彼の誕生は西暦で言うと2749年(しかしその頃にはすでに "西暦"という呼称は使われていない)。

彼は36歳の年に、この宇宙空間に存在する全ての原子の位置と運動を、寸分の誤差なく完璧に把握し演算するシステムを開発した。

"存在する全ての原子の位置と運動を把握する"とは即ち "宇宙誕生から宇宙滅亡に至るまでの出来事を1つ残らず正確に把握できる"ということに他ならない。

彼はもうイエスキリストが10歳の誕生日に発言した全ての内容も、 2021年の元旦に日本海の底に投げ捨てられた婚約指輪が、その10年後岩牡蠣の中から発見されるまでに辿った経路も、 2億年後に31光年離れた星で小さな微生物が誕生することも、文字通り " 寸分の誤差なく"知ることが出来た。

宇宙空間の全ての歴史と未来を把握できるようになった彼は、絶望した。

いや、きっと絶望したのだろうと言った方が正しい。

何故なら私がこのシステムの存在を知ったのは、彼が自らこの世を去ってから8年後だからだ。彼はこのシステムを生涯どこにも公表することは無かった。

そして亡くなる前年、このシステムに関する一切を、デリートした。

この彼の行動が、彼自身に見えていたものと一致していたのかは今となっては分からない。

全てを知った人間は、全てを知ってなおそれに抗うことが可能だったのか。

それとも全てを知ったからこそそれに抗うことが不可能だったのか。

彼が生涯を捧げたこの研究を知る者は、今のところ私以外に存在しない。

私は彼の一人娘だ。

私が生まれてすぐに母が亡くなり、父は男手一つで私を育てた。仕事人間の寡黙な父ではあったが、それなりに幸福だった。

父が亡くなった後、私は偶然父が最後に残した私宛の手紙を見つけた。いや、それも父にとってみれば "必然" だったのだろう。

手紙の内容は、主に私への謝罪と、父の研究の概要だった。概要と言っても私が今ここに前述したような簡単なものだ。

プログラムに関する理論的な内容は私には分からない。

なぜなら私の研究分野は、タイムマシン開発だからだ。

父は私に、ある2つの事を託した。

ひとつは、タイムマシンを完成させ、2021年のインターネットにこの内容を公表すること。

もうひとつは、私がその時代でその時代の人間として生涯を全うすることだ。父曰くタイムマシンの完成により、世界各国で戦争が巻き起こり人類は遠からず滅びるという。

どういう因果関係なのかは知る由もない。

しかしどうやら父によると、私がそうすることによって、"必然的に "果てしなく長い時間をかけて(それがいったいどのくらい長い時間なのか私には想像もつかない)、宇宙の全ての原子の位置と運動が93億年前の宇宙と一致するという。

そんなあまりにも奇跡的な覆水盆に返るような事が、本当に現実になるとは到底信じがたい。

しかし彼は手紙の最後にこう綴った。

「僕はまた、君と、君の母さんと、生涯をやり直せるのを楽しみにしている」と。

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