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短編小説 駅前に落ちていた人形の話
これは通勤中に考えた完全なるフィクションです。
いつも通り、最寄駅のコンビニで弁当を買って家路に着いたんです。
そんなに大きくないけど、激安ファミレスとかドリンクスタンドや可愛いイルミネーション付きの噴水なんかもある、そこそこ栄えた駅です。人通りも結構あります。最近だと海外からの旅行客も多くて、近くの商店街は歩くのも大変なんです。
大学進学を機にこの街へ越してきたんですが、すっかり気に入ってます。都会ほど殺伐としていないし、かといって田舎ほど娯楽なんかが枯渇してるわけでもない。ちょうどいい街です。なんとなくみんな穏やかな顔に見えるし、優しい人も事実多いですし。
だから、駅で“それ“を見かけた時は不気味でたまらなかったです。
駅は、噴水広場とロータリーに面した一階がガラス張りになっていて、向こうが見える仕様になっているので中のレモネードスタンドや通勤の人混みが外からでもわかるんです。
その辺りは床のタイルも照明を反射すると七色にキラキラと光る特別製で、ちょっとした待ち合わせスポットになっているんです。
僕の家は、コンビニを出てちょうどその駅のガラスエリアを横切って少しいったところにあるマンションで、なんなら駅前エリアは毎日外出をする度に通るような場所なのです。
んで、先週。いつもみたいにカフェでのバイトが終わって行きつけのローソンで唐揚げ弁当とカヌレを買って、駅沿いに家へ向かっていました。
夕方、18時くらいかな。帰宅ラッシュと相変わらず溢れてる観光客でロータリーも広場もごった返していました。
人々に押しながされてガラス張りの駅舎にぴったりくっついて歩いていました。その日はカフェバイトもお客さんがたくさんきたので僕、かなり疲れてて。人混みにもうんざりしてて、正直イラつきながら俯いて歩いてました。
そしたら、前方五メートル先くらいのところで駅舎のガラスに何か、変なものが寄りかかっているのに気がついたんです。
黒くて、大体15cmくらいの大きさのひょろっとした何か。道ゆく人々の足と足の間からしか見えないんで、近づかないとなにか分からなかったんです。
僕が一メートルくらいまで近づいた時、ようやくそれが何か段々と分かって、思わず人込も構わず足が止まっちゃいまいした。
それ、真っ黒なぬいぐるみだったんです。パッと見はふわふわとした手足にモコモコの胴体で、おそらく何かの動物なんです。それこそテディベアみたいに手足を放り出してガラスの壁に座っているし。でもそこまで分かってもなんの動物なのかわからないんです。なぜかって
そのぬいぐるみ、首から上に人間の人形の顔が無理やりくっつけられていたんです。
引き裂かれたぬいぐるみの首元から白い綿が飛び出ていて、その綿に半ば埋もれるように、人形の頭が乗せられていました。
りかちゃん人形とかバービー人形みたいな、ぬいぐるみとかっていうよりはビニール人形の頭部でした。よくある、にっこり笑顔がプリントされてて、繊維っぽい髪の毛が生えてるやつです。
でも、そのぬいぐるみにくっつけられた頭部は、全然笑っていない、無表情というか。感情がないんです。目は人形なのでもちろん虚なのですが、何か嫌なことを顔に出さずに堪えているような暗い目でした。
しかも、大抵そういう人形は美男美女がモチーフになるのが相場だと思うのですが、その頭部は、まあ、よくデザインに採用したなって思うくらい、凡庸な、どこにでもいるような中年のおじさんなんです。
ぎょろっとした目にくすんだ肌、下がった口角に白髪まじりの薄い頭。
嫌にリアルで、こんな人に会ったことないのに絶対にこの世のどこかには存在する人がモデルになってるんだろうなって思いました。御丁寧に鼻の横に1cmくらいのでかい立体的なホクロがくっついていたし。
でも、そんな写実的なおじさん人形を好き好んで愛玩する人なんています?ましてや、ふわふわのぬいぐるみの首を切り落として移植するなんて。このぬいぐるみが作られた目的が分かろうが分かるまいがゾッとしちゃいましたよ。
賑やかな夕暮れの駅にそんな不気味な、得体の知れないものが座っているってのに、僕以外の誰も、足を止めるどころかその存在に気がついてもいないようでした。
確かに、地べたに座ったぬいぐるみなんて僕のように下を見て歩いていないとなかなか気がつかないしれませんが、それにしたってあの物体は異質でしたよ。
僕は足元のそれを1、2分ほど観察したのですが、なんだか、ずっとこの物体、というよりこいつを見ているといつか首だけをこちらにごろりと動かして見つめ返されるような気がして、目を逸らしてしまいました。
底知れない恐怖ではあったのですが、同時に、電車で向かいの座席に座っている人を見ていたら目があって睨まれてしまうかもしれない時、あの時の心細さになぜか近い感情になりました。
そのあとはいつもより気持ち早い足取りでいつも通りの道を通って家に帰りました。
でも、住み慣れたマンションの自室で買ってきた弁当を食べていても、やはりあのぬいぐるみのようなもののことが頭から離れませんでした。
嫌に一人であることが不安に感じられて、バイトで疲れていたにもかかわらず、珍しく自分から友人を家に呼んでその日は過ごしました。
あのぬいぐるみのことは、その時友人には話しませんでした。言っても笑われるだけだろうし、成人した男がそんな駅前に落ちていた改造ぬいぐるみに怯えてるなんて情けないし。
何より、その物体に興味を抱いた友人が実物を見に行こうなんて言い出すのが怖かったのです。
僕はもう、二度とあんな不気味なもの、目に入れたくなかったですから。
次の日、友人が昼過ぎに帰って僕はまたカフェのバイトに出勤するために駅前へ行かなければなりませんでした。
あのガラスの通りは近づきたくありませんでしたが、家を出るのが遅くなったせいで最短ルート、つまりロータリーを横切らなければバイトに遅刻してしまいそうでした。
しょうがなく僕はなるべく歩道の駅舎とは反対側を早歩きで進みましたが、その日はたまたま人通りも少なく、昨日とは打って変わって道全体が見渡せてしまう状況でした。
その場所に近づくにつれ、早歩きとは別の理由で心臓の鼓動が高まり、喉から短い息がどんどん溢れでてきました。僕は、嫌だと思っているのに、昨日、あの物体が鎮座していたあたりに思わず視線を一瞬、チラリとむけてしまいました。
しかし、そこにはあの人形の姿はありませんでした。一気に安堵感が胸に広がりました。
なんだ、誰かが回収してくれたのか。まぁ駅前にあんなのがあったら、駅員さんとかが落とし物として、もしくはゴミとして処理するよな。なんて思って胸を撫で下ろしましたよ。
で、それっきり、その人形は見てない。見てないんだけど。
この前、なんの気なしに家で一人、ぼんやりとニュースを眺めていたんです。
ローカルニュースで、ちょうどその駅、僕の最寄り駅で新しい駅長が就任したってニュースでした。
なんでも、ちょっと変わってて、前任の駅長が先週くらいから行方不明になったらしくて、長年副駅長を勤めてた人が繰り上がりで就任したって話でした。
スーツの大人が大勢集まっているホールみたいなところの映像で、新任の駅長が最近開通した〇〇線のオープンセレモニーでインタビューを受けていました。
たくさんのマイクに囲まれて、駅長服をビシッと着た人が、「前駅長の〇〇氏の分も、市民の皆様の足としてお役にたてるよう、この駅を守って参ります」って言ってた
その新駅長、あの人形と全く同じ顔だったんです。
あの人形と新しい駅長、そして消えた駅長に何か関係があるのかどうか、僕には分かりようがありません。
でもぬいぐるみの首に挿げ替えられていたあの顔が、間違いなく画面の向こうからこちらを見ていたんです。
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