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復活、ミャンマーの賄賂

ラワカでの出来事

ビザの更新手続きで、ラワカ(住民登録の管理)の事務所に行ったときだ。
「あなたの書類を本部に持っていかなきゃいけないの。タクシー代を出してね」

私は何度もここのラワカに来ているが、今までタクシー代を請求されたことなどなかった。
「タクシー代? 何それ?」
「本部との往復のタクシー代のこと。前は外国人には言えなかったけど、今はちゃんと言えるようになったの」

タクシー代と言っているが、単なる言い訳だろう。ただ、ここで彼女がへそを曲げるとビザの更新ができなくなる。渡したくなかったが、言い値の5,000チャット(約320円)を渡した。

彼女は正直な人だ。クーデター前のNLD政権のときは外国人には(賄賂の)請求はできなかったと言った。それが、クーデター後は外国人でも堂々と(賄賂を)請求できるようになったと自ら告白したのだ。

多くの外国人はラワカには自分では行かない。会社の担当者に頼んだり、代理のミャンマー人に頼んだり、ブローカーに頼んだりしている。しかし、私はビザ関係や居住証明書などの手続きは必ず自分でラワカに来ている。何度も顔を出すので担当者とは顔なじみになったのだが、書類を頼むとちょっと渋い顔になる。外国人である私は賄賂を渡さないからだ。これがミャンマー人だと、お互いに阿吽の呼吸で賄賂(といっても、通常は200〜300円程度)やお土産のお菓子などを渡している。

賄賂を払う素振りも見せない私だが、外国人ということで今までちゃんと事務作業はやってくれていた。その代わり、日本語への翻訳を頼まれることもあった。

賄賂の実態

ミャンマーでは賄賂のことを、ラペッイエボー(紅茶代)とかモンボー(お菓子代)と言い、軍政時代の役所では賄賂を渡すのが当たり前であった。渡さないと役所で事務手続きをなかなかやってくれないなどの嫌がらせをされるからだ。

賄賂といっても金額はまちまちだ。本当に紅茶代やお菓子代の100円、200円程度から億単位ほどのものもある。いくつか賄賂の例を上げてみたい。

身分証明書をなくして役所に行くと再発行まで通常は1〜2週間かかるのだが、賄賂を渡すと翌日には再発行してくれる。交通違反を犯しても、賄賂のほうが安いし後の面倒な手続きをやらなくても済む。これらは数百円程度という本当に紅茶代程度だ。

以前、私の知り合いのミャンマー人が地方で車を運転していたときに歩行者をはねて死亡してしまった。いくらミャンマーでも、交通事故で人が死んでしまうと警察の捜査がある。場合によっては運転手は捕まって裁判にもなる。しかし、この人は現場の警察署に賄賂を払って事故自体を無かったことにすることができた。亡くなった人の家族には当時で10万円程度のお金を渡したという。

他には、会社の納税も賄賂を渡せば正規の税金を払うよりも安く済む。国境での通関も、賄賂のほうが輸入税を払うより安いし事務手続きも必要ない。これらは国の財政や経済統計に重大な影響を与えるのだが、ミャンマーではこうした裏ルートが蔓延していた。

軍・役所の人事や身分証明書までも賄賂次第

軍内部や役所内部の人事でも、上官や上司に賄賂を払うと良い部署に配属されたり昇進ができたりする。彼らにとって賄賂は一種の投資ともいえる。こうした賄賂はけっこうな金額になるのだが、賄賂によって後で得るものがずっと大きい。通常の公務員だと、賄賂を払わないと昇進できないとか賄賂収入などの約得のない部署に配属されてしまう程度だが、軍だとそれだけでは済まない。コネもない賄賂も払わない兵士はずっと一兵卒で、いつも危ない戦地に送られ最後は死んでしまうということになる。

ミャンマー人にとって自己を証明する大切なものが身分証明書(マッポンティン)だ。本来厳格に運用すべきだが、賄賂を払うことで中国系でもインド系でもビルマ人(族)の身分証明書をラワカから発行してもらうことができる。実際、近年中国から流入している中国人のうちかなりの人たちが、賄賂によってビルマ人(族)の身分証明書を取得している。これはミャンマー国籍を得たことと同じだ。ミャンマーでは外国人は土地を買えないのだが、この方法でミャンマー人になりすました中国人がマンダレーの土地を買い占めている。これはミャンマーで大きな社会問題にもなっている。

こうした賄賂はシステム化されていて、担当者個人の懐に入るのではなく、部署全体で分け合うようになっている。その部署にいるだけで自動的に賄賂が入ってくるのだ。ということは、その部署にいる公務員が賄賂を受け取りたくなくても拒否することなどできない。本当に賄賂を拒否するとその部署にいれなくなってしまう。

といった状況だが、公務員に同情する点があるとすると、給料が安いことでだ。民政移管後は給料はだいぶ上がったが、軍政時代は民間と比べるとかなり低く、給料だけでは家族を養うというのが困難だった。たとえば、学校の先生は今も昔もほとんど賄賂が入らないので、先生になるのは圧倒的に女性が多い。先生という職業を続けるには家族による経済的サポートが必要だったのだ。一方、公務員の中でも部署によっては非常識な額の賄賂収入がある。たった1年でアパートと車の両方が買えるほどの収入になる。

賄賂を積極的に利用するクローニーや一部の国民

ビジネスマンの中には、賄賂を積極的に利用する人たちがいる。クローニーと呼ばれる人たちはコネや賄賂を使って軍幹部に取り入り、ビジネスを拡大していった。宝石やチーク材、その他多くの許認可権を軍が握っていたからだ。クローニーでなくても、軍政時代はビジネスを行う上で賄賂を払わないとスムーズに仕事が進められなかった。

一般の人たちも、役所での手続きを早く済ますため、違法行為を見逃してもらうため、土地取引や家の建築許可を有利に処理するため、いろいろな場面で積極的に賄賂を払う人も多い。

また、一般国民は賄賂を批判するが、いざ自分が賄賂を受け取る側の公務員になると、賄賂を躊躇なく受け取る人が多いし家族も喜ぶのが普通だった。

NLD政権で賄賂が減ったが、クーデターで元に戻った

このようにミャンマーでは賄賂は根深かい問題だが、2011年からの民政移管後、特に2016年からアウンサンスーチー率いるNLD政権になってから賄賂が目に見えて減ってきた。少なくても、軍政時代には堂々と賄賂がまかり通っていたのが、裏でこそこそと隠れてやるものに変わった。それに、一般国民の中にも堂々と賄賂を拒否したり告発する人たちも出てきた。

一方、賄賂が減少したために賄賂が潤滑油して働いていた役所の許認可などの事務手続きが滞ることが起きた。これを問題視し、軍政時代のほうがビジネスがやりやすかったとNLDを批判するビジネス関係者(日本人などの外国人も含む)もけっこういたのも事実だ。しかし、賄賂が少なくなり透明性が高まったと、多くの国民は歓迎していた。

ところが、2月1日のクーデター以降すべてが変わってしまった。紅茶とお菓子にまみれた役所が戻ってきた。

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