拝んでいたら壁から推しが出てきたので共に暮らします!第二話

第二話

四月になってもこの超常現象の解決策は浮かばなかった。というより、考えている時間が少なかった。

 高瀬くんがあまりに自然だからか、それとも暮らすことで精一杯だったのか、なんとかしなきゃと思う反面、どこか必死じゃなかったのかもしれない。

(帰す方法なんて分からないしな……)

 私がそのような中だるみをしていたある日、午前零時頃。高瀬くんが先に寝てて、とキッチンで水を汲みながら言った。

 明日も早いので言葉に甘えてソファーで目を瞑っていると、布団が擦れる音がした。

(こんな時間まで起きてたの?)

 夢乃はまどろみながら目を開ける。高瀬くんが起き上がっていた。

(トイレかな……)

 それにしては様子がおかしい。高瀬くんは、夢乃が買ったウィンドブレーカーを羽織って、物音を立てずに部屋を出る。

(え?!)

 一気に目が覚めた夢乃は、慌ててスプリングコートを羽織り飛び出した。

 春の夜はまだ冷たい。スマホを見れば深夜二時を指している。こんな時間に高校生を一人にするわけにはいかない。

 身震いしながら高瀬くんのあとを追えば、辿り着いたのは近所の公園だった。
 高瀬くんは、両手でバットを構えて、綺麗なフォームで振る。ぶん、と音を立てながら、それを何度も繰り返す。

(きれい……)

 その姿があまりに美しくて、夢乃は声も掛けずしばらく見つめていた。

「くしゅんっ」

 しばらくして、自分が薄着だったことを思い出す。声に気づいた高瀬くんがこちらを見た。

「松崎さん!」

 彼が駆け寄って、ウィンドブレーカーを夢乃に被せた。

「なにやってんの、そんな格好で。危ねーじゃん」
「高瀬くんこそ。高校生なんだから、補導されちゃうよ」
「補導……」

全く頭になかったらしい、高瀬くんが呟いた。

「そうだよな、向こうとは違うんだもんな」

 青葉高校の野球部は寮があり、高瀬くんも例外なく暮らしていたはずだ。遠くを見やる彼の心境をおもんばかって、夢乃の胸が痛む。

「いつもこんな時間まで、練習?」

 キャラクターブックによれば、高瀬くんは五時には起きている。

「天才だから、って言えたらいいんだけどな。人の倍やんなきゃ勝てねえ」

 その強い眼差しに、夢乃は自分が彼に惚れた時のことを思い出した。

(そうだ。高瀬くんの「何とかなる」は、自分の努力ゆえの「何とかする」なんだ)

 だからこそ『俺が一番!』と歯を見せられるし、その上で『お前らは最強』とチームメイトをハグできるのだ。

「だせーとこ見られちまった」
「ださくないよ!」
 夢乃は噛み付くかのごとく全力で否定する。

「私は、高瀬くんの裏ですごく努力をする所に救われたの。勇気づけられたの。それをひけらかさない所も、言い訳にしない所も、本当にカッコイイよ」
「松崎さん……」

 帰り支度を始めた高瀬くんを夢乃は手で制止した。

「気が済むまで振っていきなよ」
「や、でも松崎さん、明日も仕事だし」
「推しのために働いてるんだから。付き合うに決まってるじゃん」
「……ありがと」

 高瀬くんが、照れくさそうにはにかんだ。先ほどまで『帰る方法なんて分からないし』と思っていた自分をぶん殴りたい。

 自分の想像を遥かに越えてくる努力家な推しを、夢乃は胸がいっぱいになりながらも見守るのだった。

(この人を絶対に元の世界に帰さなきゃ!)

 この日から、それが夢乃の目標になった。




(帰る方法が見つからないならば、まず彼が無事に帰れるという前提で話を進めよう)

社会人野球、キャッチボール、バッティングセンター……色々考えたけれど、青葉高校の設備にはどれも叶わない。

(どうしたものか……)

テレビから流れてきた音に、夢乃は反射的に振り向く。ここ数日雨続きだったことが幸いした。

 四月ももう五日目だというのに、春の甲子園こと、選抜高等学校野球大会、センバツの決勝戦が明日行われることがニュースで報道されていたのだ。

『闘魂』にハマってからは夢乃も毎年楽しみにしてテレビで眺めているのだが、今年は高瀬くんのことがあってすっかり忘れていた。

 会社に明日休む連絡を速攻で入れる。少し渋られたけれどそこは力で押し通した。
 そして、朝のランニングを終えて帰宅した彼に
「高瀬くん、センバツ見に行こう!」と声をかけたのだった。

決勝戦に近畿勢が残っていなかったことが幸いしたのか、朝から並べば何とか外野席のチケットをゲットすることができた。

試合が始まる十三時までまだ時間があるので、甲子園記念館を巡る。

 どうやら高瀬くんは、今までは記念館をまわる時間はなかったらしい。
 フォトスポットでは写真を撮り、甲子園の歴史、特に名勝負ギャラリーの写真や解説には食いつくように目を輝かせた。

 近くにいた高校生らしき男の子も同じようなことをしているのを見て、夢乃は実感する。

(まだ十七歳なんだよなあ……)

 高瀬くんの少年らしい一面を推しとして愛おしく思う反面、夢乃の中でいつの間にか彼は、神様から護るべき存在へと変わっていった。

「見て見て松崎さん、これ!」
「んー、どれ?」

 まんがと甲子園、というコーナーには、『闘魂』の青葉高校野球部のユニフォームが飾ってある。

「え、すごい!」

 夢乃は思わずスマホのシャッターを連写する。

「高瀬くん、隣に並んで! あ、でも他の人に見られたらまずいか……」
「一枚くらいなら大丈夫だろ」

 ぐい、と私の肩を引き寄せて自撮りモードで写真を撮る高瀬くん。

 (え、高瀬くんとユニフォームのツーショットでよかったんですけど!?)

 夢乃と同じシャンプーの匂いが襟足から香って、夢乃は林檎のように顔を赤くする。

「松崎さんが照れてっから、もう一枚」

 カシャッ
 高瀬くんはいたずらっ子がする微笑みをこさえて夢乃を見た。

  夢乃は元々、キャラクターに恋をするタイプではない。だが、さすがにこうして一緒に過ごしていると、心が持っていかれそうになる瞬間がある。

   例えば、今とか。

 自分をどん底からすくい上げてくれた大切な人。きっと生涯かけても、彼より感謝する人なんて現れない。

 (だからこそ、好きにはならない)

 夢乃がそう思う傍らで、高瀬くんは試合が終わるまでじっとグラウンドを眺めていた。

第三話

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