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子どもの私が見たもの

絵を描くたびに苦しむのを止めて、「自分を癒す」絵を描こうと思い始めてから、絵の中に人が現れ始めた。
その人は一人だ。
どこか寂しくて、でも心を持っている。

私は幸せで温かな家庭で育ったとは言えない。
怒鳴り声がしょっちゅう聞こえて、人を憎んで、どこまでも家から逃げたかった。
家に帰るのが憂鬱で、家庭を怖いと感じる子ども時代だった。

ただそれは実は絵と関係ない話で、私は私の「好き」なものを描いてきた。
それは私から、過去の私を切り捨てたものだった。
私にとって綺麗で、現実から離れた世界。
過去が投影されていない絵だ。

でも、私は私の中の子ども時代に蓋をしているものだから、「好き」の本質に気づけていない。
なぜその「好き」に至ったのか、私の中に答えがある。
どんなに見ないようにしても、私の過去の中に私の感情の源がある。

本当にこの世のすべての、ありとあらゆるものを憎み嫌っていたら、私はもうこの世にいられなかった。
絵も描いていない。
過去の辛かったり苦しかった私にも救いや喜びがあったから、「好き」が生まれた。
絵を通して私が私を癒すとき、それは子ども時代の私を慰め、寄り添うことになることが分かった。

過去の私の目が見た美しいもの、救われたもの、支えられたものからも、きちんと生きる力をもらってきた。
それらから目をそらすんじゃなく、絵に落とし込みたい。
過去の私すべての蓋を開く必要はない。
私が何かを「好き」だと感じる気持ちから、過去の私の喜びや心の動きを手繰り寄せて絵に込める。

過去の私と歩みたいと思えるようになって、絵に助けられているのを感じる。
私に絵があってよかった。
絵のおかげで今がある。
絵を描くことを続けられた過去と、今の環境と人に、ありがとう。

読んでいただきありがとうございます!! まだまだ描くぞ~!