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かはく探訪記 〜標本・剥製・化石編〜

 先日、国立科学博物館の常設展を見学した。

科博へいざ行かん

 少し前に読んだ『生物を分けると世界が分かる』という分類学入門の新書がとても面白く、博物館や標本に興味が湧いてきた。

 分類学というツールを使えば、何もないところに白いピースというキャンバスを作ることができる。空白の部分に、正しいピースを当てはめていく作業は、地道ではあるが、人類にとっては世界を「つくる」作業である。そしてそこに絵を描く、つまり世界を理解するという途方もない作業が始まるのである。

『生物を分けると世界が分かる』岡西政典著,講談社,p233

 分類学が発展した歴史的背景には「この世界は神が創造したものだから、自然を知れば神の御心を知れる」みたいな西洋の宗教的理由もあったようだが、信仰生活を送っていない人間的にはあまりぴんとこない。それ以上に著者の知に対する謙虚な姿勢と、分類学への愛に尊敬の念を抱いた。
 そのような分野の一端に触れることが今回の目的のひとつであった。


地球館1階 魚類標本を見た

 さて、地球館1階には、種の多様性が分かる標本がたくさん展示してある。

 展示してある魚類の剥製標本の表面がつるつると光っていて、腐らないように表皮を何かの薬剤でコーティングしてあるからだろうけど、この方法が確立するまでにはものすごい苦労があったにちがいない。魚類に限らず、一体を標本化するためにかかる工程や、そのための技術を修得したり開発する過程だけでも気が遠くなりそうだった。

『海底二万里』のノーチラス号のサロンの描写でも標本がたくさん出てくるから気になって家で読み返してみると、標本の種類はサンゴと貝類と海生植物が主のようだった。ホルマリン漬けではない魚の標本っていつ頃作られるようになったんだろう。

 知りたいという人間の欲求ははてしないものだなぁなどと考えながらエスカレーターを上る。


地球館3階 野生動物の剥製を見た

 地球館3階展示室では、野生動物の剥製が揃ってこちらを向いて並んでいる。かつては個人のコレクションだったものだ。

 展示室をぐるりと一周すると、どこから見ても剥製たちは今にも動き出しそうな様子で、静かにこちらを見つめている。本当は生きているのに時間だけ気まぐれに止めたみたいだ。
 でもライオンのすぐ近くにシマウマがいたり、ホッキョクグマとヒトコブラクダが同じ空間にいたり、群れで暮らす動物なのに一頭ずつしかいなかったり、この光景は自然状態では絶対あり得ないだろうという違和感があたり一面に漂っている。何より、どの動物もぴくりとも動かない。
 生き生きした姿から感じる丹念な職人技や、清潔に整った人工的な秩序に、揺るぎない“死”を感じて圧倒されてしまった。

 なんだか怖いような気持ちがしてそろりそろりと見ていると、周りでは親子連れやカップルなどが指をさして笑い合ったりしながら、楽しそうにわたしの横を追い過ぎていく。こんなにたくさんの種類の動物が存在している空間で、人間だけが話して動いて生きている。わたしは人間なんだなぁと思った。
 ここでは写真を撮れなかった。

 わたしは小川洋子さんの小説が好きなのだけど、立ち並んだ剥製たちが醸し出していたひっそりと濃密な気配は、小川洋子作品とどこか通ずるものがある気がした。
 もしここで読書できるなら『薬指の標本』を読みたい。


地球館地下 恐竜の骨を見た

 続けて、地下の展示室へ行った。ここには恐竜の化石の骨格標本がどん!と並んでいる。

 発見されるまでは存在すら分からず、生態は想像することしかできない。肉は朽ち果てて骨だけになった、もうどこにも生きていない存在を見ているにも関わらず、“生”の迫力を感じて不思議だった。

マジでかい

 人類が誕生するよりもっと昔に滅んだ生きものだからだろうか。見たこともないような骨格だけがあって、生きている姿も生息環境もわからないからだろうか。または、恐竜は鳥の祖先だという知識や愛着があるからだろうか。
 “死”の事実は剥製と変わらないはずなのに、絶滅する前の生きていた過去とか、現在生きている生物に繋がる進化の過程、それ以上に何者なのか知りたい好奇心へと意識が向いて興味深かった。

 最近、クトゥルー神話傑作選を読んだ時に、恐ろしげな未知の生物が祀られている神殿へ迷い込む男の短編(『無名都市』)にわくわくしたのだが、もし照明を落とした真夜中の展示室に迷い込んで恐竜の骨格標本を見上げたら、きっと似たような畏れを感じるだろうなと思った。

▼ クトゥルー神話にハマった時の話(余談)

この部分がきれいだった

 その他、死生観の東西での違いに興味が湧いたりなどしたが、頭がこんがらがってきたため割愛する。
 もしわたしが大富豪になって何かを収集するなら化石がいいな〜。

▶︎ もうちっとだけ続くんじゃ。
 次回、かはく探訪記 〜岩石・鉱物編〜

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