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美弥るりかの新たな代表作 『The Parlor』

「ぱーらー」。
声に出して言ってみる。

真っ先に連想したのは、子どものころから近所にある「パーラー」とカタカナで書かれた看板だ。入ったことは無いが、店の正面にはメロンソーダやトーストがディスプレイされている。パーラーとカフェの違いはいったい何なんだろう、と前を通り過ぎるたび思っては、Googleで調べる前に忘れてしまう。私にとってパーラーとは、そんなイメージ。

ミュージカル『The Parlor』が上演されると知ったのは、確か今年に入ってからだ。会場は比較的小さめの大手町よみうりホール。シアター・クリエより小さい。主演は敬愛する明日海りおさんの宝塚時代の同期・美弥るりかさん。共演に明日海さんの2人目の嫁、花乃まりあさん。

前回の美弥るりかさんの出演作、『ヴェラキッカ』は配信でしか観ていない。美弥さんを生で観られていないのがとても悔しくて、今度こそ劇場で観たいと思っていたので、迷わずチケットを取った。

観た。断言しておこう。『The Parlor』は2022年上半期上演ミュージカル作品を代表する名作である。

あらすじ

『The Parlor』のホームページから、あらすじを引用する。

世代を越えて受け継がれ、さまざまな人の思いが交差してきた場所があった。そこは「ザ・パーラー」。
 
ロス在住のゲームクリエイター・円山朱里(美弥るりか)は、祖母の阿弥莉(剣幸)に呼ばれて数年ぶりに帰国する。朱里は、母の千里(花乃まりあ/二役)がある悲劇によってこの世を去ってから、育ててくれた祖母に複雑な思いを抱えていた。阿弥莉は、パーラーを閉店すると朱里に告げる。しかし、パーラーの常連である、幼い娘を育てるシングルファーザーの巧(植原卓也)、クロスドレッサーのザザ(舘形比呂一)、ゲーマーの主婦アリス(北川理恵)はパーラー閉店に反対する。

そこへ、千里にそっくりな女性が現れる。千里の死後すぐに、大手おもちゃメーカー・トイッスルの社長で父親である草笛遊史(坂元健児)に引き取られた、朱里の妹の灯(花乃/二役)だった。灯は朱里にトイッスルの人気ボードゲーム「トイ・トイ・トイ」のPCゲーム版の制作を依頼するが、事態は思わぬ方向に・・・

ミュージカル『The Parlor』ホームページより

「Parlor」の語源はフランス語で「語る」だという。世代を超えて受け継がれてきた「語る」場所を閉めるという祖母・阿弥莉の決断はいったい何を動かすのか。東京千秋楽のチケットを握りしめ、ワクワクしながら大手町へ向かった。

『The Parlor』のココが凄いその1:構成の妙

冒頭、「Floating」という曲で幕が開け、最後「Rooting」で終わる。
朱里はLAを「I’m going」という言葉とともに出ていき、再びLAに戻った時には「I’m coming」という言葉とともに声のする方へ向かう。
根無し草のように”漂う”存在から、”地に根を下ろ”した存在へ。
”出て行く”から、”そっちへ行くよ”へ。

リアルとバーチャル。枠からはみ出た存在と枠の中の存在。
たくさんの対立軸を見せながら、そのすべてを「ザ・パーラー」が包み込んでいく。
「語る」ということがだれかとだれかをつなぎ、前へ進む活力を与える。
そんな場所だった、阿弥莉と千里の「ザ・パーラー」。

中盤の曲の構成が見事だ。PCゲーム版トイ・トイ・トイのプレゼンの日程が早まったことを告げに灯が「ザ・パーラー」にやってくる場面。作品中で繰り返し歌われる「あなたがわからない」を巧(植原卓也さん。常連客役)と灯がデュエットする。語ることの大切さ、ひいては「ザ・パーラー」という場がかけがえのないものであることが、いつの間にか観客にも伝わってくる。朱里の回想場面から「さらさらさらさら」に入っていくが、ここでの歌とダンスは、”流され”たり”束ねられ”たりすることへの迷いと戦いを想起させる。そこから本作のテーマ曲ともいえる「The Parlor」へとつながっていく。

阿弥莉と千里が「語り合う場」として守り続けた「ザ・パーラー」を、朱里がはっきりと認識していくさまが、曲で紡がれる。上記には含めなかった「Another World」という朱里が歌うナンバーでは、朱里が作り上げたゲーム空間もまた、「語り合う場」であると気づかされる。

本作のなかで、一番好きなポイントかもしれない。

『The Parlor』のココが凄いその2:同時代性の妙

日本で上演されるミュージカルは海外のものが多く、「いま」を色濃く映し出した作品は少ない。日本製ミュージカルはあれど、宮崎駿や細田守のアニメが原作になっているものばかりだ。

『The Parlor』は演出家・小林香さんが手がけた完全新作オリジナルミュージカルだ。ジェンダー、SNSといった要素を取り入れ、現代人の抱える生きづらさを描いている。苦悩や葛藤しながら、なんとか折り合いをつけてがんばって生きている人の背中を、そっと包み込むようなやさしさで押してくれる。

辛くて、複雑で、大変な状況を乗り切るための「語り」。時代が移り変わっても、人が前を向くために必要なことは、あまり変わらないのかもしれない。

作品中で多用されるプロジェクションマッピングは、「ゲーム」とも親和性が高くて、ただ感動してしまった。

『The Parlor』のココが凄いその3:楽曲の妙

「構成の妙」のところで少し曲の構成について触れた。本作に曲を提供しているのは、作曲家アレクサンダー・セージ・オーエン。アメリカを中心に活動する彼とは、ほぼオンラインでのやり取りのみで話を進めたそうだ。

音楽の専門的なことはまったく分からないのだが、すべての曲が良い。軽快さとコミカルさが印象的な「Analog Game」、バーチャルで幽玄的な世界に誘う「Digital Game」。繰り返し使われる「あなたが分からない」、そして何と言ってもタイトルにもなっている「The Parlor」。

今のところ、CDが発売されるというニュースは聞いていない。出来ればぜひ、CDを売り出していただきたいと思うのだが、贅沢な願いだろうか。

『The Parlor』のココが凄いその4:配役の妙

朱里を演じた美弥るりかさんは、宝塚歌劇団の89期。在団中から性別を超越した妖艶さを放っていたが、今もその色香は変わっていない。
母を奪われたという思いを抱えながらも、様々なことにニュートラルな朱里を演じるにふさわしい思考とルックスをお持ちの方だ。

1人でクリエイターとして戦っている時の冷静さと、巧の娘である紅にかける言葉の温かみのコントラストが印象的だった。

祖母・阿弥莉役を剣幸さんが、朱里を美弥さんが、千里を花乃まりあさんが演じるというのも、何かの縁なのだろう。お三方とも宝塚歌劇団出身だからか、何となく間合いというか呼吸感があっているように思える。

母・千里と妹・灯の二役を演じた花乃まりあさん。母・千里として登場する場面と、妹・灯として登場する場面で全然違う人になっていた。俳優さんなのだから当然と言えば当然だけれど。

歌って踊って、きちんとお芝居ができる。しかも可憐なルックスを持つ花乃まりあさんに、今までにない新しいものを魅せてもらえて本当に嬉しかった。

終わりに 

個人的に、本作を美弥るりかさんの「代表作」と呼びたい。
作品のもつ力がとても強いこと、朱里は彼女以外にピンと来る演じ手がいないことが理由だ。
朱里として生きた美弥るりかさんの輝きを、私はきっと忘れないだろう。

朱里に脳内を占領されているので、なぜ彼女がゲームクリエイターとしての道を選んだのか、ずっと考えている。

単に大好きなゲームにずっと携わっていたいから、なのかもしれない。
ただ、私は勝手に思うのだ。潜在意識の奥底に「ザ・パーラー」が常にあったからこそ、バーチャルな世界で人々を喜ばそうと思ったのではないかと。

誰にとっても「ザ・パーラー」はある。
ゲーム空間は、無意識のうちに朱里にとっての「ザ・パーラー」だったのではないだろうか。

疲れた時、誰かに言われた言葉で傷ついた時、個性を否定された時。自分なりの「ザ・パーラー」で誰かと語り合うことが、個性を認め合うことにつながって、1人でも多くの人の生きづらさを減らしてくれるといいなあ。

近所にある赤い看板の「パーラー」の前を散歩しながら、そんなことを考えた。

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