見出し画像

感動しすぎて高崎まで公演追いかけちゃった話 ミュージカル『カムフロムアウェイ』

突然ですが

大千穐楽

ってなんのことかご存知ですか?

相撲中継とかで「千秋楽」という言葉を聞いたことのある方は、「なんかの最後の回」なんだろうなと予想がつくと思います。「大千穐楽」とは舞台公演で、地方公演を含む1番最後の回を指します。つまり

もう2度と観られない最後の公演

です。正確には、舞台の評判が良ければ再演がかかりますけれど。同じキャストがまた揃うかどうかは未知数ですので、やはり「もう2度と観られない」と言っていいでしょう。

メジャーな舞台公演は東京を皮切りに地方を回り、名古屋や大阪、福岡で大千穐楽を迎えることがほとんど。また関東地方に戻ってきてくれることは滅多にありません。加えて大千穐楽を観るには、日帰りだとしても移動時間が普段の観劇より余分にかかります。平日は仕事が忙しすぎて夕食を作れない我が身。土日、観劇を理由に夕食すら作らないとなると、なんとなく夫にも子どもたちにも申し訳ない。それに高額な交通費も痛手。

そんなわけで、大千穐楽にはほとんど行きません。できれば仕事などほったらかして、許される限り劇場に通い詰めたいと思ってやまないのに。東京公演に何度か行くことはあるのですが、大千穐楽を観に行くのはわたしにとって、ちょっと高いハードルでした。

しかし

2024年5月12日、日曜日。
上野から北陸新幹線に乗って2駅。わたしはJR高崎駅に立っていました。ブロードウェイ・ミュージカル『カムフロムアウェイ』日本初演の大千穐楽を追いかけて。

公演グッズの長袖Tシャツをまとい、最後の100分を思い切り楽しむためだけに高崎へ。劇場以外の場所に寄る予定は、皆無。

なぜたったそれだけのために? 答えはシンプルです。

はじめて観たとき、心がぐわんぐわん揺さぶられたから。

おそらく日本で一番有名なミュージカルは『レ・ミゼラブル』でしょう。とても完成度の高い、誰にでもおススメしたくなる珠玉の作品です。だけど『レ・ミゼラブル』の話をこんなテンションで書き残そうとは、思いません。要するに『カムフロムアウェイ』は

むちゃくちゃわたしの性癖にぶっ刺さる作品だったのでテンション上がりすぎて高崎の大千穐楽まで追いかけてしまいました

と言いたいわけです。
前置きが長くなりました。そろそろ本題に入りましょう。


『カムフロムアウェイ』ってどんな話?

以前、別なnote内で書いたあらすじを引用しておきます。

2001年9月11日の同時多発テロでアメリカ領空が封鎖され、カナダにある小さな町ニューファンドランド・ガンダーの空港に38機の飛行機が集まった。人口10,000人程の町の人々が、不安と苛立ちを抱えた乗客およそ7,000人を受け入れ、歓待し、寄り添う。9.11ではなく9.12から5日間の実話。12人のキャストそれぞれがひとり10役程度を演じ分け、歌い、踊る。全員主役で全員脇役。
ジェンダー、宗教、人種。さまざまな現代的テーマをはらむ作品をこの日本で、オール日本人で上演する勇気。それに120%で応えるキャストの皆さんは、ミュージカル好きなら誰もが知るスターばかり。

https://note.com/haruma_fuji/n/n468d9dbe5489

「9.11の影にあった心温まる話」とでも言っておけば、とりあえず間違ってはいないのですが、それだけではない。ミュージカル界のスターたちが勢ぞろいしているから美しい歌声が魅力なのかというと、それだけでもない。ビジュアルだって板の上に居るのは全員シンプルな服装で、ほぼすっぴん。飾り立てなければ、どれほどのスターであろうがただの人。

では何が魅力なのか?考えてみました。

魅力その1:楽曲


オープニングの「Welcome to the Rock」。あらすじだけ読むと、ここで使われる曲は日本人的にはミディアムテンポの心に沁みる曲では?と思うでしょうが

まったく違います

オープニングの「Welcome to the Rock」は、カナダのニューファンドランド島という厳しい環境で生き抜く現地の人の覚悟と力強さをガッツリこちらに突き付けたあと、途中で優しく寄り添うようなメロディに変わります。しかもキャスト全員が入れ替わり立ち替わり、時にメインで歌い、時にアンサンブルとしても歌う。もうこのオープニングに演目の魅力がギュギュっと詰め込まれています。これ一曲で身体中の血の温度が2度は上がった感じ。エンディングも「Welcome to the Rock」。今度は同じ旋律に大団円の熱量を乗せてラストへと向かう疾走感が、劇場じゅうを覆います。

色んな信仰を持つ人たちがそれぞれの祈りを捧げる「Prayer」。讃美歌は温かく優しく、重なっていくユダヤの祈りは厳か。9.11の惨劇に対するそれぞれの祈りが胸に沁みる。ストレスを溜め込んでイライラが募る乗客のためにコミュニティセンターで馬鹿騒ぎ。「Screech In」ではバンドメンバーもノリノリで歌って踊る。直後の「Me and the sky」は今を生きてる女性なら誰でもぶっ刺さるナンバー。濱田めぐみさん演じるビバリーの後ろに、空が見える。安蘭けいさん演じるダイアンと石川禅さん演じるニックの離れがたさは、デュエット曲「Stop the world」になる。領空封鎖が解除されアメリカへ戻る飛行機の乗客たちがガンダーへの思いを歌う「Somewhere in the middle of nowhere」ではもう号泣。

珠玉のナンバーたちがミュージカル界のスターに彩られ、極上の歌に。作品に力を与えてくれています。

魅力その2:1人10役?演じ分けの妙

12人が大体1人10役かそれ以上を演じます。一番役の多い吉原光夫さんに至っては、パンフレットに書かれている限り13役。こう書くと観てる方は混乱しないのか?と思うでしょうが、

一切混乱などありません

今誰になっているのかは、衣装の助けも借りつつではありますがきちんとこちらに伝わります。どれだけ短い間に役を入れ替えなくてはいけない時も。姿勢、声、歩き方などを使い分けてパッと役が入れ替わるなんて、この舞台でしか観られません。

誰か1人が何役も演じることはあっても、全員が10役以上を演じ分ける舞台なんて、観たことあります?というかそんな映画もドラマも観たことあります??少なくとも私は観たことも聞いたこともありません。

12人の舞台俳優のすごさを思い知りました。

魅力その3:全員が歌うまプリンシパルで歌うまアンサンブル

ミュージカル俳優なんだから、歌が上手いのは当たり前では?と思う方もおられるかもしれません。ポイントは「メインキャスト(プリンシパル)としてもバイプレイヤー(アンサンブル)としても上手い」ということです。

この『カムフロムアウェイ』について言えば、出演者はとんでもない豪華メンバー。歌が下手な人はいません。ですが映像中心に活躍する俳優さんの中にも声の使い分けがあまり得意でないとか、身体能力があまり高くないとか得意不得意があるように、ミュージカル俳優にも得意不得意があります。ダンスが得意で歌はそれほど、と言う方も。通常日本で上演されるミュージカル作品で、「全員このレベルで歌える」公演はほぼ無いと言っていいのではないでしょうか。例外は、劇団四季主催のミュージカル作品ぐらいかもしれません。

基本的に本作は、入れ替わり立ち替わりのソロパートがそれぞれにある曲や、全員で歌う曲がほとんど。ソロ曲はビバリー(濱田めぐみさん)の「Me and the sky」のみ。デュエットもダイアン(安蘭けいさん)とニック(石川禅さん)の「Stop the world」のみ。全員が主役として歌い、全員がコーラスも担当する贅沢は、ここでしか体験できないものでした。

演じた12人の俳優さんの「ここが好き」

9.11のサイドストーリーともいうべき作品の日本初演を彩ってくれた名優の皆さんお一人お一人について、この作品で大好きなポイントを残しておきたいと思います。五十音順で。

安蘭けいさん

演:ダイアン(乗客)、クリスタル(ガンダーの店ティムホートンの店員) その他

クリスタルの「ジャニス!」「おはよ町長さん。ペプシ?」が大好きでした。保守的な町テキサスで暮らすダイアンが心を開放し、ニックと惹かれあう。「Stop the world」での美しい歌声も、「Me and the sky」で真っ先に後ろで立ち上がる姿も。観たこと無い姿をたくさん見られて新鮮でした。ありがとう。

石川禅さん

演:ニック(乗客)、ダグ(ガンダー空港の管制官) その他

ニックの優しさと少しとぼけた感じ、ダグの「妻の尻に敷かれている感」、そして「Stop the world」のど反則の歌声。どれをとっても最高でした。あと地味に好きだったのが、ティムホートンでオズから「今すぐ管制塔へ行け」と言われた後、「2人のはずなのに14人いた。誰にも頼まれていないのに」的なセリフの直後、スッと仕事中の管制官になる瞬間。ホントに素敵でした。ありがとう。

浦井健治さん

演:ケビンT(乗客)、ガース(ガンダーのスクールバス運転手) その他

もともと大好きな俳優さんですが、ケビンTの時とガースの時ではまったくの別人。声も姿勢も。「Prayer」で讃美歌を歌う優しい声が沁みてきます。心臓外科医で袖にはけるときの白衣使いの巧みさ。「Screech In」で踊る浦井さんの動きの大きさと美しさ。あと犬の鳴き声が上手すぎます。ありがとう。

加藤和樹さん

演:ボブ(乗客)、ブリストル機長(妄想の中の人) その他

猜疑心の強いニューヨーカーのボブが次第に心を開いていくようすと、アップルトンの町長の家のアイリッシュウイスキーが大好きなところが印象的でした。アネットの妄想の中の人・ブリストル機長やラストに出てくるロビンがむちゃくちゃ爪痕となって残ってます。大千穐楽で思いが叶ったロビン、良かったね!と心の中で拍手してました。毎回観に行くたびお芝居の鮮烈さが増していました。ありがとう。

咲妃みゆさん


演:ジャニス(ガンダーの新人テレビレポーター)、CA その他

新人レポーターのジャニスが、仕事初日からどれだけ大変な思いをしたかがしっかり伝わってくるお芝居。10年後も現地で愛されている姿が印象的でした。世界一可愛いウォルマートの店員は、ガンダーにいたのか!と納得。猫の鳴き声と犬の鳴き声、ボノボまで!本当にすごいモノを魅せてくれました。ありがとう。

シルビア・グラブさん

演:ボニー その他

たくさんの役を演じ分けていらっしゃるのだけど、とにかくボニーとしての姿がカッコよくて潔くて、惚れ惚れしました。「それじゃ、私を撃つことね?」の録音が欲しい。動物への愛情深さも、3人の子どもたちへの愛情深さも、ダグへの信頼もお芝居から心にじんわりと沁みてきました。ありがとう。

田代万里生さん

演:ケビンJ(乗客)、アリ(乗客) その他

浦井さんとゲイカップルの役ということで注目していましたが、ふたを開けてみると印象深いのはアリ。9.11がイスラム教徒にもたらした影の部分を感じて、苦しくなりました。万里生さんの歌をじっくり聴く場面が無い作品なんて、初めてかもしれません。お芝居で新たな一面を見せてくださいました。ありがとう。

橋本さとしさん

演:クロード(ガンダーの町長)、いろんな町の町長 その他

芝居全体をファシリテートするような役どころ。ガンダーの町長とアップルトンの町長とユダヤ教徒の役が、すべて姿勢だけで別人だと分かるところに驚きました。「Welcome to the Rock」のオープニングでクロードが話し始める場面は、何度観てもワクワクで心が踊りました。ありがとう。

濱田めぐみさん

演:ビバリー(機長)、アネット(ガンダー住民) その他

とにかく歌で魅せる場面が多いビバリー。作品中唯一のソロ曲「Me and the sky」では毎公演号泣でした。「私はトム、大丈夫」と歌うビバリーの「大丈夫」が1回1回違って、胸がキュッとなりました。妄想女子アネットを見ていたら、ビバリーとアネットは生まれた場所とか家庭とかが違っただけで、もしかしたら似ているのかもしれないなと思えてきました。アンサンブルな濱田めぐみさんがとても新鮮でした。ありがとう。

森公美子さん

演:ハンナ(乗客) その他

他作品ではコメディエンヌとしての姿を拝見することの多いモリクミさん。9.11の陰で尽力し命を落とすこととなった消防士の母。心配でたまらないと歌う姿が、電話を待つ姿に涙が流れました。そうかと思うとバスの運転手役では「ヘラジカさあ」とのんびり。笑いを誘うセンスはさすがでした。ありがとう。

柚希礼音さん

演:ビューラ(ガンダー在郷軍人会会長)、ドローレス(乗客) その他

とにかく大阪のオバちゃん風にちゃきちゃき仕切っていく様子がカッコいいビューラ。ハンナにそっと寄り添う姿も素敵でした。手足が長くて立ち姿だけでも美しい。「Screech In」で踊る場面では手足の長さを活かしたダンスに見惚れていました。コミカルに「My heart will go on」を歌うところにクスっとしました。ありがとう。

吉原光夫さん

演:オズ(ガンダー警察官) その他

オズよりも「その他」の役がどれも印象的。「28 Hours」では「アフー!」からのカッコイイ歌声に痺れました。スペイン語が話せるマイケルズ先生も、ノリノリでつい笑いが漏れてしまいます。とにかく声が素敵なので、何を話しても何を歌っても、心に残る稀有な存在。「Somewhere in the middle of nowhere」のコーラスはずっと聴いていたいぐらいでした。ありがとう。

終わりに

感謝を伝えたいのは、12人のキャストさんにだけではありません。並々ならぬ熱意をもってこの作品を日本で上演する企画を立ち上げてくれた、プロデューサーの井川荃芬さん。とにかく素晴らしい日本語訳実現に心を砕いてくれた、翻訳担当の常田景子さん、訳詞担当の高橋亜子さん。4人のスタンバイキャストさん。バンドの皆さん。その他この作品に関わったすべての皆さんに心から感謝します。生涯忘れられない体験をさせてもらいました。またいつかこの作品を上演してくれたら、これ以上の喜びはありません。

おまけ:大千穐楽カーテンコールにて

5月12日、高崎公演終演後。
12人のキャストさんが出てきて、町長役橋本さとしさんの仕切りで締めることに。色々わちゃわちゃしつつも、ラスト公演で「Welcome to the Rock!」と叫び、足を踏み鳴らせたのは、わたしにとって最高の思い出。

今でも、高崎芸術劇場に自分の一部を置いてきたような気持ちでいます。


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

いただいたサポートは、わたしの好きなものたちを応援するために使わせていただきます。時に、直接ではなく好きなものたちを支える人に寄付することがあります。どうかご了承ください。