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歌える人しか出てこないミュージカル『オペラ座の怪人』はやっぱり名作だった

劇団四季の『オペラ座の怪人』は凄いらしい

そんなキャッチコピーなくても、『オペラ座の怪人』が凄い作品であることは情報として知っている。本で読んだ知識の範囲では、の話だが。

来年1月10日で東京公演が千秋楽になってしまうので、一度観ておこうとずっと思っていた、劇団四季の『オペラ座の怪人』。何度か予約は入れたものの、いろんな都合で延び延びになっていた。さすがに年初のタイミングでは休みが取りづらいので、怒涛のミュージカル鑑賞月間が終わった11月、私は竹芝の四季劇場を訪れた。

やはり、「知識として知っている」ということと「実際に観て知っている」ということの間にはかなり差があった。『オペラ座の怪人』は、まごうこと無き傑作だった。

で、帰宅後以前WOWOWで放送した、『オペラ座の怪人』25周年記念公演 in ロンドンを録画しておいて、観るのを忘れているのを突然思い出した。このロンドン公演、怪人ファントム役にミュージカルファンにはおなじみのラミン・カリムルー、クリスティーヌ役にシエラ・ボーゲスという豪華メンバーである。で、復習のためにと思い、観た。またこれが素晴らしかった。

とにかく、劇団四季の『オペラ座の怪人』も、ロンドンでの25周年記念公演も最高だったので、どう最高だったのかをここに綴っておこうと思う。

『オペラ座の怪人』あらすじ

確実に、「世界で最も成功しているミュージカルの一つ」と言える『オペラ座の怪人』。舞台は19世紀のパリ・オペラ座だ。

新作オペラの稽古中に事故が起き、腹を立てたプリマドンナのカルロッタが役を降りると言い出す。コーラスガールのクリスティーヌが見事に代役を務めあげるが、それはオペラ座の地下に住む、醜い「怪人」がひそかにクリスティーヌに指導をしてきたおかげだった。

怪人はクリスティーヌの歌声に惚れ込むあまり、指導に熱を入れ、公演するオペラのキャスティングに口を出し、従わないと災いが起こると脅迫する。

クリスティーヌの幼馴染でオペラ座のパトロンであるラウル子爵とクリスティーヌの恋、怪人の嫉妬、歪んでいく怪人の愛。醜き怪人と歌姫の切ない恋の物語だ。

オペラ座の怪人のココが凄いその1:歌えない人が居ない

ミュージカルに歌えない人なんて出てこないでしょ? と思う方もおられるかもしれない。

いや、出てくるのですよ。普通に。レベルの問題ですけど。

単純にそれほど歌えなくても、成り立つミュージカルもあったりする。歌よりダンスのスキルが必要な役だってある。要するに、カンパニーとしてそれぞれが与えられた役割をこなせるだけのスキルを、各人が持っているかどうかという問題なのだ。

だがこの『オペラ座の怪人』という作品、設定からして当然なのだけど、オペラの出演者役が多い。そして、怪人はオペラの出演者に歌を教えているという設定である。

いくらなんでも、歌えない人がオペラの出演者とか歌唱指導担当というのは不自然すぎる。つまり、歌の上手くない人に充てる役がないのだ。ダンサーを除いて。

というわけで、舞台上で歌われる歌がみんな耳を幸せにしてくれるという、稀有なミュージカルである。

オペラ座の怪人のココが凄いその2:とにかく曲が良い

作曲を担当したのは『キャッツ』や『ジーザス・クライスト・スーパースター』でも有名なミュージカル界の大御所、アンドリュー・ロイド・ウェバー。本作でもっとも有名な曲・「オペラ座の怪人」を含めて、名曲ぞろいだ。

まず、代役となったクリスティーヌがおずおずと小さな声で歌い始め、次第にプリマドンナとして自信をもった歌唱でステージに立つ姿に変わっていく「Think of Me」でグッと心をつかまれる。クリスティーヌの美声が紡ぐアリアが、劇中劇を観ている観客の心を揺さぶる。

大成功のうちに幕を閉じたその日の公演後、友人メグに誰に教えてもらっているのか?と訊かれ、音楽の天使のことを説明するときに歌う「Angel of Music」。ここで気づくのはクリスティーヌの父に対する思いと、音楽の天使である怪人への思いが重なっていることだ。

ラウルの誘いを断って、怪人に誘われた地下迷宮で、クリスティーヌと怪人は二人きりで歌う。誰でも聞いたことがあるだろう代表曲、「オペラ座の怪人」。パイプオルガンの妖しい調べが観る者を不安にさせる。そして怪人、歌が本当に上手い!

個人的にはオペラ『ドンファンの勝利』の劇中で歌われるデュエット曲・「The Point of No Return」がお気に入りだ。第一幕最初の方で、「Think of Me」を自信なさげに歌いはじめていたクリスティーヌは、どこにもいない。ドンファンが本来演じるはずだったピアンギではなく、怪人と入れ替わってることは観客の目には明らかだ。ドンファンの美しい歌声で紡ぐ愛の言葉が、切なく私の胸に響く。それに堂々とした歌唱で応えるクリスティーヌが、とても美しい。
ドンファンとしての「役」の歌唱のはずなのに、歌に込められた思いに怪人の心情が重なっていく。観ている私は、いつの間にかドンファンではなく、怪人の愛の告白を聞いている気になってしまうのだ。

どちらかと言うとシエラ・ボーゲスの演じたクリスティーヌの歌唱とお芝居が印象に残っているけれど、劇団四季の山本紗衣さんも素晴らしかった。

どちらもCDが欲しいと思ってしまうのは、贅沢だろうか。

オペラ座の怪人のココが凄いその3:ストーリーが良い

主人公の怪人は生まれた時から、顔の奇形のせいで世間となじめず、母親にも愛されず孤独を抱えている。音楽家としての才能、建築家としての能力など天才的なものを持っていても、愛されなかった記憶は消せない。そのうえ、愛を教えてもらっていないことが、愛し方が分からないことにもつながってしまっている。

音楽家としてクリスティーヌを見出した時、怪人が惚れこんでいたのはクリスティーヌ自身だったのだろうか。それとも、彼女の歌の才能だったのだろうか。いずれにしても、愛を知らない怪人は、音楽の天使としてクリスティーヌの才能を磨き上げることで、彼女を支配しようとしてしまう。

怪人の不器用な愛し方と、幼馴染であるラウルとクリスティーヌの恋愛の対比が切ない。

そしてクリスティーヌは、深い慈愛で怪人を包み込もうとする。音楽の才能を見出され、飛び立たせてくれた「音楽の天使」への感謝だけではない。プリマドンナとしての自信と、ラウルに愛されているという安心感が彼女を一回りも二回りも成長させた結果、深い慈愛をたたえながら怪人と向き合えるようになったのだと、私には感じられた。

クリスティーヌという女性の成長物語と、容姿にコンプレックスを抱えた怪人の切なく不器用な愛。誰もが感情移入しやすい要素が、ストーリーの中心を貫いている。世界中で、『オペラ座の怪人』が多くの人の心を震わせている理由は、ここにあるのではないだろうか。

終わりに

私はあのキャッチコピーの言わんとしていることを、ちゃんと理解できていただろうか。

劇団四季の『オペラ座の怪人』は凄いらしい

分かっとるわ!と思っていたけれど、やはり実際に観ると観ないとでは大違いだった。

数々の名曲に彩られた、珠玉のミュージカルであることは疑いの余地がない。加えて、歌える人ばかりが揃うと、ここまでミュージカルの演目そのものがパワーを持つものなんだということを、まざまざと見せつけられた。

「ミュージカルにおいて、歌うまこそ正義」だとは思っていないが、上手い歌はそれだけで観客の心を震わせるということを、実感した日だった。

私の後ろには、たくさんの制服姿の高校生の皆さんが座っていた。彼女たちにも何かが届いただろうか。

若い世代の柔らかい心にまかれた種が、いずれ芽を出してくれることを祈っている。

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