備忘録 「好きな言葉」
「生きてゆかれてください」
変な日本語だ。使い方として正しいのだろうか?
正しいかどうかはともかく、私はあるミュージカル俳優が
好んでカーテンコールで使う、この言葉が好きだ。
カーテンコール。
演劇やミュージカルの舞台が終わった後、舞台に出演者が出てきて挨拶をする。
お辞儀だけの時もあれば、主演の俳優が何かを言う時もある。公演次第である。
私にとって、カーテンコールは至福のときだ。
演劇でもミュージカルでも、好きなお芝居を観るために、ウキウキしながら劇場へ行く。
本編が終わって、余韻が残る中、まだ役をその身に纏った
演者の皆さんが出てきて、私たちに謝意を示してくれる。
感謝したいのはこちらの方だと伝えるために、力いっぱい拍手を返す。
直接演者の皆さんと心が通い合うような気がするこの時間は、私にとって
観劇とは切り離せない大切なものなのだ。
昨年からの新型コロナウイルスの流行は、演劇業界にとって大逆風になった。
あらゆる公演が中止になった。払い戻しも膨大な額になっただろう。
演じる側の皆さんにとって、不安な状況だったに違いない。
仕事が無くなってしまうかもしれないだけでなく、「不要不急」の烙印まで押された。
自分たちの心を保つだけでも、大変だったと思うのだ。
そんな中、毎回毎回、カーテンコールに出てくるたび、
その人が「生きてゆかれてください」と言うようになった理由は分からない。
だが私の耳には、こう聞こえている。
舞台との出会い、役者と観客の出会いは一期一会。
どうか、今日この場で自分からエネルギーを受け取った皆さんが
この先も健康でありますように。
願わくば、またどこかでお会いできますように。
演者の皆さんと心のやり取りをする至福の時間に、届けられるまっすぐな優しさ。劇場に足を運んだ私たちへの感謝を超えた、祈りにも似た思いが私の胸に響く。
マスクに隠れて見せられない笑顔と拍手を、ありったけの全力で返したくなる。