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再再演に感謝を込めて 『キンキーブーツ』 ジャパンカンパニーにエールを

「本公演は、終了しました」という場内アナウンスが流れる。立ち上がったままの観客。鳴りやまぬ拍手。

声援に応えるかのように、舞台袖からローラとチャーリーが登場する。会場のあちこちに投げキッスをするローラは、さっきまでと同じようにとてもキュートだ。大きくて、ゴツくて、手足が長くて、そしてとっても可愛らしかった。

『キンキーブーツ』あらすじ

『キンキーブーツ』は映画を基につくられたブロードウェイ・ミュージカル。倒産しかけた靴工場を継ぐことになったチャーリーが、ドラァグクイーン・ローラと出会い、女装の男性向けブーツというニッチ市場に向けた商品を開発し、工場を立て直していく物語だ。

作曲は80年代後半に大ヒットを飛ばしまくったシンディ・ローパー。彼女のポップで言葉遊びにあふれた音楽が彩るこのミュージカルは、ポジティブで前向きなパワーにあふれていて、一度観たら忘れられない作品である。

初演・再演と、3度目の今回の公演とで大きく違う点は、ローラ役が三浦春馬さんから城田優さんに変わったことだ。初演の三浦春馬さんの少々美化された記憶は、どうしたってわたしの頭の中に残ったまま。そのうえで、この目で、耳で、直接受け取らなくてはならないと思った。新しいローラの姿を。歌声を。

日本版『キンキーブーツ』を、未来につなげていくために。

↑ 記憶をたどって、2016年の初演観劇時の感想を綴ったnoteはこちら。

読み返すと色々気恥ずかしいので、リンクを貼るかどうか悩んだ。けれども、貼っておかなければ伝わらないのではないか、とも考えた。「なぜ初演の春馬さんの演じたローラが、わたしの頭から離れないか」、少しでも伝わってくれたらと願う。

2代目ローラは歌唱力の繊細さで魅せる

松竹ブロードウェイシネマでウエストエンド版を何度も観たので、ストーリーもどこでどの曲が歌われるかも、頭に入っている。チャーリー(小池徹平さん)がパブで友人と会った帰り道、男たちに絡まれてる大柄な女性を助けようとする場面から、来るぞ来るぞ・・・と身構えていた。ローラ(城田優さん)の登場シーンである。

「Land of Lola」のイントロとともに登場したローラの第一印象は、「デカい」だった。そりゃもう、びっくりするぐらい大きかったのだ。

デカくてゴツいローラの姿に、目が勝手に吸い寄せられる。

ところが歌い始めると、吸い寄せられたのは耳の方だった。パワフルで野太めでのびやかな歌声が、ビジュアルとピッタリ合わさって、ああ、これが彼の表現する「ローラ」なんだなと感じさせてくれた。

さらに驚かされたのは、ただパワフルなだけではなくとても繊細に声を使い分けていたことだ。

サイモンとして登場する場面での、自信なさそうな姿。「Land of Lola」や「Sex is in the heel」であんなに堂々と、かつキャピキャピしていたローラは、どこへ行ってしまったのか。「Not my father's son」を歌い始めたサイモンは、まるで小さな男の子に戻ってしまったかのように不安げで、寂しそうだった。曲の後半、6インチのヒールが世界を変えてくれた、と歌い上げるあたりから自分の道が見えたことへの喜びがにじみ始め、声に力が宿る。

サイモンが父の期待に応えられないことへの申し訳なさと、父の引いたレールに乗ることへの反発とを繊細に歌い上げ、自身も同じような思いを抱くチャーリーが声を重ねていく。声の相性が良いのか、ハーモニーがとても美しい。歌声の共鳴は、そのまま二人の心の共鳴でもある。息のあったデュエットが、胸に沁みた。

チャーリーは安定感で魅せる

ジャパンキャストの『キンキーブーツ』は2016年の初演時に1回だけしか観ていないし、その頃のわたしには「観劇記録を残しておく」という習慣が無かった。だから記憶が曖昧なのだけど、チャーリーがなんだか頼もしくなっているように思えた。

何せこの作品、チャーリー役はほぼ出ずっぱりで歌いっぱなしというハードさで、しかも歌うのは内省的になっている時ばかり。ローレンに焚きつけられて、ニッチな商品であるドラァグクイーン向けブーツの試作品を作り始めた時(「Step One」)。ニコラとケンカし、ローラと衝突し、ミラノでのショーに間に合わないかもしれないことや、予算の問題、製品の質など一度にいろいろなことが振りかかり、苛立って従業員に当たってしまった時(「The Soul of a man」)。チャーリーは基本的にマジメで、相手のことを先に考える男だけれど、頑固で融通がきかないところがある。張り切る時も、やっちまって反省する時も、彼は歌う。

チャーリーがソロで歌う場面は、ストレートプレイで言うと、すべて「モノローグ」である。ミュージカルは基本、「感情が高ぶった時に歌が出る」のだけど、この「チャーリーのソロがすべてモノローグ」だというところに、彼の性格が良く表れているように思う。

あまり、人前で自分の本音をあらわにするタイプではないのだろう。人当たりが良くて、優しいけれど「自分」を強く主張することのなかったチャーリーが、ローラに出会って工場を立て直す過程でどんどん変わっていくのを、小池徹平さんが絶妙に演じている。何度もチャーリーを演じていることからの余裕すら感じられた。

ふいに腑に落ちた、ローラとドンの「和解」

ずっと疑問に思っていた。

なぜローラはドンにわざと負けて、「あるがままの他人を受け入れる」ように伝えたのだろうか。工場の雰囲気が悪くなるから、と作品の中では言っているけれど、ほんとうにそれだけなんだろうか、と。

だいたい、ドンがチャーリーを受け入れなかったらどうするつもりだったのだろうか。ドンが、素直に「あるがままの他人を受け入れ」なかったら?

で、今回観に行って気づいたことがある。ローラは、とてもよくまわりを見ているのだ。ドンが工場で働く人たちの中心にいて、場の雰囲気を作っていることは良く知っていただろうし、彼の性格も何となく分かっていただろう。

そのうえで、わざと勝負に負けた。
ドンがチャーリーを受け入れるかどうかは未知数だったけれど、自信を持っている腕っぷしで圧倒的な差を見せつけ、花を持たせたら素直に言うことを聞いてくれるだろうとは、予想していたに違いない。

彼が「あるがままの他人を受け入れ」るようになれば、工場の雰囲気はさらに良くなる、とローラは踏んでいたはずだ。実際、そうなった。空回りしがちで、未熟な社長であるチャーリーを受け入れた。

自分はよそ者なので、チャーリーが突っ走ってしまった時にミラノのショーに全員でGo!という雰囲気を作り出すことが出来ない、とローラは感じていたのだろう。だから、ドンに賭けた。

ローラは、サイモンとして工場に来たあの時、チャーリーと心を通わせたあの時からずっと、どうしたらチャーリーも工場も良い方向に向かうか考えていたに違いない。

思っていたより、チャーリーとローラの結びつきはずっとずっと強いものになっていたのだ。初めて、気づかされた。

真打登場!からの「Raise you up/Just Be」

ミラノのショーで、プライス&サン社の出番が来た時、モデルとして登場したチャーリーがブーツを履いて歩くのに四苦八苦していると、「Raise you up」のイントロが流れる。

真打。いや、救世主ローラ登場である。
歌舞伎でもないのに「待ってました!!」と声をかけたくなる。
ローラの登場と同時に、会場のヴォルテージは一気に上がる。

上昇した体温が、エンジェルスの登場でさらにヒートアップする。すべてを引き上げる曲、「Raise you up」が勝手に身体を動かす。もうこうなると、何だかおかしな領域に脳内が突入した感じすらある。

6つのステップ。
改めて気づいたのだが、3つ目の「Accept yourself, and accept others, too」をニコラが言うのが、何だかとても好きだ。ノーサンプトンからの逃避をチャーリーに託したニコラ。その象徴である赤いハイヒールを、チャーリーに買ってもらうのではなく、結局自分で買うニコラ。自身を受け入れ、他人も受け入れる。ニコラにとっての「赤いハイヒール」。ローラやチャーリーにとっての「赤いハイヒール」。

キンキーブーツを履いて、「Accept yourself, and accept others, too」というニコラが、なんだかとても愛おしかった。

『キンキーブーツ』の思い出

わたしと『キンキーブーツ』について、ここで少し振り返っておこう。

2022年10月から上演された『キンキーブーツ』は、日本では3度目の上演となる。初演は2016年、再演は2019年、そして、今回。

2016年の初演は、新国立劇場中劇場で観た。2019年の再演は、チケットを持っていたものの残念ながら行かずじまい。昨年映画館で上映されたウエストエンド版の『キンキーブーツ』は何度も観に行ったし、Blu-rayも購入している。

何度も観たからわかったと思っていた。だけど、あくまで「わかったような気になっていた」だけだったなという自戒を込めて、いま、文章を書いている。もっとも今だって、「わかったような気になっている」だけかもしれないのだけれど。

作品のテーマは普遍であっても、演じる役者さんの付け加えるものは全然違っていて、役そのものが違った人物として板の上に現れる。ミュージカルでは当たり前のことなのだけど、今の今までしっかり作品そのものを見つめた経験が、わたしには本当に無かったのだなと驚いている。

『キンキーブーツ』がくれたもの。
大きくて、あたたかくて、こころを引っ張り上げてくれる「何か」。
ずっとずっと、大切にしていきたい。
ずっとずっと、ジャパンキャストでの『キンキーブーツ』が続いてほしい。

だけど、やっぱり痛みは残る。
あの日は、ただただ雷に打たれたようで、ボンヤリしていた。「Raise you up」に興奮して、アドレナリンが出まくったことは覚えている。けれどもいまと同じ目で、耳で、三浦春馬さんのローラを受けとれていなかった。残念でたまらない。

終わりに

会場に投げキッスをしまくるローラを置いて、
赤い緞帳の前から、チャーリーが舞台下手側に退場しようとする。
不満そうな顔で腕組みするローラが、チャーリーを見つめる。

慌てて、ローラのもとに戻り左手の肘を折って差し出すチャーリー。
満足げなローラ。「まったく!レディのエスコートを忘れるなんて!」とでも言いたげだ。

仲良く退場する二人。上機嫌で投げキッスを再び会場に振りまき、最後に特大の投げキッスをチャーリーに贈るローラは、とびきりキュートだった。

あたたかい痛みが、わたしの胸を刺す。

『キンキーブーツ』ジャパンカンパニーに、心からの敬意と感謝を贈りたい。



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