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★映画・仕掛人藤枝梅安1を観た(ネタバレ注意)★

老父の入院している病院へ所用あり、折角出かけるならと、少々足を延ばして映画を観に寄ることにした。
トヨエツ版『仕掛人藤枝梅安』である。
幸いにも、生活圏内で最も便利な映画館でやっている。
日頃、わたしの観たい映画は、そこではなかなかやっていないのだ。

今年初の映画館である。そうでなくとも、この映画館自体がかなり久しぶりだ。
いつの間にやらスクリーンがひとつ増えて、今回はそこに当たった。
少々手狭だが、暗くなってしまえば何と言うこともない。
毎度、予告編やCM、注意事項の長さに辟易しつつ、じりじりと待つ。
もどかしいが、これもまた映画館ならではだ。

以降、ネタバレもあるので、まだご覧になっていないかたは、ここで引き返していただければありがたい。
(尚、今回、インタビュー記事やパンフレットは全く目にせずに観に行ったので、思い込みや思い違いがあるかと思うがご容赦を)


☆『水もしたたる藤枝梅安』

さて、映画本編だが。

いきなり『世界の車窓から』石丸謙二郎氏がお盛んだし、それを殺る梅安さんはといえば褌姿で水も滴る男っぷりである。

「仕掛けのあとは、なんだか帰り道が遠くていけねえ」
と、やや甘えモードで彦さんのうちへ立ち寄る辺り、それは世の腐女子を刺激なさりたいのか?
「女には命を預けたくねえもんだな」
「男は女の命を預かってるもんだろ」
このやりとりが、あとあとクライマックスの場面に生きてくるのだが。

それにしても、彦さんの出してくれた心尽くしのお粥。
たんまり乗せられた鰹節の、やけに美味そうなこと。
ああいうのを見せられると、子供の頃によく食べた、削りたての鰹節の香りが恋しくなる。
あとで出てくる鯵の干物も美味そうだ。


☆『おせきさん、そして元締め』

梅安さんの家では、おせきさんの下世話感がいい(笑)。
これまで賀原夏子さんや園佳也子さん、鷲尾真知子さんが演じてこられたおせきさんを、今回は高畑淳子さんが好演。

高畑さんといえば、かつては巨獣特捜ジャスピオンのギルザや、仮面ライダーBLACKのマリバロンなど、妖艶な悪女を演じられたかたであり、老婆役に扮してもいま尚美女の残り香が隠せない。
そんな肉々しさが、このおせきという婆さんの下世話さを却って引き立てている気がする。
なんだかんだ言って、家に帰れば老亭主とまだまだよろしくやっていそうな、そんな愛嬌が感じられるのだ。
中盤、
「寺に駆けこんた病人がいるらしい」
と言った梅安に対する、
「そりゃまた気の早い病人だこと!」
というツッコミにも笑った。

そして、そんなおせきから「親分さん」と呼ばれる、仕掛人の元締めの一人、羽沢の嘉兵衛を演じるのは、ギバちゃんこと柳葉敏郎である。
その昔、欽ドン!では「良い先生」を演じていたものだが、今やすっかり一癖も二癖もあるダーティーなキャラクター。
「裏の掟は誰に決められたものでもねえ。そむけば時に命を失くすだけ」
ってあんた、それが怖いんじゃないですか😅。
ギバちゃんももはや日本映画には欠かせない俳優の一人だ。
羽沢の嘉兵衛。
音羽の半右衛門ではないのだな。


☆『おもんさん』

今作のおもん役は、菅野美穂だ。
神崎愛、美保純、高岡早紀と来ての菅野ちゃんだが、菅野ちゃんといえば清純派から悪女まで、
ごくナチュラルに演じ分ける女優さんである。
一見すると色気に欠けるようにも見えるがなかなかどうして、色気も毒も見え隠れする。

登場直後は、人生を半分投げたようなところがあったが、
「鍼は人の身体の生気を呼び起こすもの」
身体を預けた梅安にそう言われ、
「身体が生き返れば心も生き返る。おもんはもっと幸せになっていいんだぞ」
なんて絆されて、徐々に女を取り戻していく。

菅野ちゃんが『大奥』で篤姫を演ったのは記憶に新しいように思うが、実はもう二十年も前だ。
奇しくも、ご主人の堺雅人氏は、その数年後、大河『篤姫』で篤姫の夫・徳川家定を熱演した。


☆『ひとの裏と表』

料亭の場面で、『かぶら骨の吸い物』なる料理が登場する。
かぶら骨とはなんぞや?と首をかしげていると、彦さんの科白からクジラの骨であることがわかった。

「たまにはそういう凝ったものを口にしねえと、湯豆腐ばっかりじゃいけねえよ」
と、彦さんに優しい梅安さんである。
この食事シーンで、あの、
「人は良いことをしながら悪いことをし、悪いことをしながら良いことをする」
という池波正太郎の哲学が語られる。

鬼平も同じく、
「人間というのは妙な生きものよ。悪いことをしながら善いことをし、善いことをしながら悪事を働く」
と言っていたものだ。


☆『悪人たち』

板尾創路演じる旗本・嶋田大学は、かなり本格的に悪いやつである。
関西のおばちゃんであるわたしにしてみれば、板尾と言えば漫才コンビ130Rとして、大阪の舞台に立っていた時分の記憶が濃い。
板尾・蔵野(ほんこん)共に、吉本新喜劇で座長を務めていた頃もある。

もう一人、浮羽の為吉というやつも悪い。
これはあの六角精児さんが演っている。
『相棒』シリーズでおなじみ鑑識の米沢さんだ。
米沢だけでなく六角さん自身も鉄道好きのようで、鉄道の番組に出たりしている。
今作同じく悪役で登場した石丸さんと、鉄道話で盛り上がったりしたのだろうか。


☆『よき人々』


子どもの頃、若林豪が好きだった。
『破れ奉行』の向井将監や、『荒野の素浪人』の千鳥の旦那である。
世間的にはGメンの立花警部補や、『赤い霊柩車』シリーズの狩谷警部か。
今ではすっかりお年を召して、今回はお寺の和尚様である。

この寺に転がり込んでいるのが、前出の旗本・嶋田からひどい目に遭った娘お千絵と、それを助けて一緒に逃げている、嶋田の元家臣・石川友五郎だ。
演じているのは、井上小百合と早乙女太一。
いずれも実力派である。
早乙女太一といえば幼児期から大衆演劇で鍛え上げた役者で殺陣の見事さも申し分ない。
井上小百合は乃木坂46出身の元アイドルだが、先年の舞台『リトルショップ・オブ・ホラーズ』で魅力的な演技を見せてくれた。

☆『おんなのいのち』

本作のダークヒロインは、おみのである。
天海祐希がなんともかっこいい。
悪女ではあるが、飼っている鶯に向ける眼差しは切ないし、葉の落ちた木を眺めながら、
「屍を作りながら冬になればまた春を待つだけ」
と嘆じたりもする。
「人の世もおなじ」
と。

そんなおみのを、実の妹お吉だと知ってしまう梅安だが、既に引き受けたおみのへの仕掛けをやめようとはしない。

「梅安さんはどんな時だって美味いもんを食べるんだね」
と彦次郎が言う。
そのとき食べていた鍋は、実に美味そうだった。
ざくざく切った白ネギと、三角の薄揚げと、大根が見えた気がする。

おみのが後添えに入った料亭の、前の女将は梅安が仕掛けた。
仕掛けを仲介した蔓は、田中屋久兵衛という元締めだ。
その久兵衛を殺すとき、
「よくもやらなくていい仕掛けをやらせやがったな」
と苦々しく梅安は言った。
そもそも前の女将を殺さなければ、おみのが後添えに入ることも、そのおみのを梅安自身が仕掛けることも、起こらなかったのかもしれないのだ。

妹を抱きしめ、
「お前の命を俺が預かる」
と言って、急所へ鍼を刺す梅安。
作品の序盤、彦さんと
「女には命を預けたくねえもんだな」
「男は女の命を預かってるもんだろ」
という会話があった。
命の重さを知るから、その命を預かるということの重さも誰よりも知っているのだろう。

おみのは男を嫌いだと言い。
梅安は女を嫌いだと言う。
けれど本当は、それをこそ求めているのだと、梅安自身、自覚を持っている。
母を想い、妹を想い。
その面影に苦しんだからこそ。
そして。
女の運命は男次第だと知っていればこそ。

女の命を預かる重さを感じるのかもしれない。


☆『やらずの雪』

友五郎とお千絵を上方へ逃がそうと、梅安は言う。
自分も久しぶりに上方へ行ってみようかと。
「正月が明けたら行くかい?」
と梅安が言えば、
「京なら俺も見て見てェや・・・・・・」
とすでに眠気のさした彦次郎が答える。
「彦さん」
「ん?」
「―――今年も、死ななかったねえ」
のんびりとした物言いが、年の暮れの冷たい空気の中に溶けるようで、しんみりとする。
「来年はどうなることやら・・・・・・」
こたつに半身を突っ込んで寝そべっている彦さんに、
「こたつの火は、これでいいかい?」
と問いかける梅安の声音が優しい。
もう優しすぎるのだ。
「ああ、丁度いいよ、梅安さん」
眠そうな彦さんの声。
「そのまま、寝てしまってもいいよ」
そう言いつつ、
「・・・・・・彦さん」
と呼びかける梅安さん。
「・・・・・・ん?」
「―――雪が、落ちてきたらしい・・・・・・。今夜のはきっと積もるよ」
そして、梅安さんは彦さんに言うのだ。
「三が日は、ここにいたほうがいい」
と。

なんだそれ。

それではまるで、"やらずの雨"ではないか。

しっぽりと、という表現がやけに似合う、そんな晦日の夜だ。

「そうさせて、もらいますよ・・・・・・」
と眠り込む彦さんに、自分の羽織を脱いで着せ掛けてやる梅安さんである。

梅安さんと彦さんのシーンは、梅安さんとおもんさんのシーンよりも、ずっと甘くて優しいムードがあるのだ。

作品冒頭あたりで、彦さんのこんなセリフがあった。
「お互い探りあわずとも通じ合えたから付き合っているだけだ」
と。
とても楽であるのに違いない。
女の命を預かるのは重い。
トヨエツ梅安は、おもんといる時、少し背伸びして、無理をしているように見える。
その分、彦さんといる時は、梅安さんも彦さんも、リラックスして、素を見せ合って、そして、無意識にいたわりあっている。

眠った彦さんに羽織をかけてやったあと、梅安は徳利を提げてひとり縁側へ出る。
雪がしんしんと降っていて、雪見酒と言えば風流そうだが、その胸の内には重く雪が降り積もってるのだろう。
「きっと積もる」
と言ったのは、そんな胸の中の想いのことだったのかもしれない。
「三が日はここにいたほうがいい」
という言葉は、旗本の配下たちを大勢殺めた彦さんを気遣ってのことだけではなくて、胸に降り積もった雪の重さに一人では耐えきれない、今夜の自分のためでもあったのではないか。
修羅場を知り尽くした大の男でも、誰かと心寄り添いたい夜はあるのだろう。
「探りあわずとも通じ合える」だれかと。


☆『映画は最後まで見よう』

エンドロールが流れ出して、席を立つお客が数人。
わたしもそっと荷物を引き寄せた。
扉付近の席をとっていたら、そのまま出ていたかもしれないが、中央の席だったので最後まで座っているつもりだった。

今回、作品についての予備知識はゼロで行ったので、エンドロールでキャストを再確認する。
と、あれ?
椎名桔平? どこに出てた?
『侍』となっているが、はて?
考えていると、エンドロールが終わって、おや?まだエンドマークが出ない。
ああ! エンドロールのあとにまだ話の続くパターンか!
と引き寄せた荷物から手を緩めた。

そうか、そういえばたしか今年は、二作立て続けに上映されるのだった。
次は彦さんの過去が手繰り寄せられる番なのだ。
ラストで次作への引きを見せてくれたわけだ。

それにしても。
今日はそう寒い日でもなかったのに、シアター内の寒かったことといったら!
映像の雪が身体に沁みるような、冷たい寒さだった。


☆『本作の梅安』

今作を見て。

トヨエツ梅安は、緒形拳や渡辺謙の梅安のような、濃密で男っぽいオーラというのとは違う、もっと乾いた感じ・・・・・・。
むしろ、小林桂樹版のほうが近い気もするが、それとも少し違う。
そして、彦次郎との心の距離感が、これまでのものより近い気がするのだ。

これまでの梅安さんにとっても、彦さんは特別な同類だったろうが、どちらかといえば、癒しはおもんさんに求めていたように思う。
おもんさんという守るべき女の前で、自分がただの丸裸の牡になっている時の安心感というのだろうか。

ところがトヨエツ梅安は、おもんさんに対して牡であれる自分に、さほど満足を感じていないように見える。
おもんさんのことは好いてはいるのだろうし、
「お前ほど肌の合う人はいない」
と言ったのも本音だろうが、彦さんといる時のほうが、気持ちはほぐれているように見える。
菅野おもんが歴代のおもんさんよりしっかりしていて、彦さんが歴代の彦さんよりふんわりしているせいでそう見えるのかもしれないが。

もちろん梅安と彦次郎は、今作においても、それぞれが一人でやっていける仕掛人であって、孤独に耐えられるだけの修羅場をくぐってきた人間だ。
決してベタベタした関係ではない。
利害の相いれない仕事を互いに引き受けることもあるだろう。
けれどそれはそれとして、なんでもない日常を、気を緩めて共に過ごせる相手ではあるのだと思う。

今作の藤枝梅安には、性的な魅力よりも、そういう人間的な部分を強く感じるのは、わたしだけだろうか。





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