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鷲田さんのバトン

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鷲田清一さんの朝日新聞連載コラム『折々のことば」。 日替わりで、私の知らない人たちばかりが登場します。 鷲田さんは、読者と「彼ら」をつなげる役割。 だったら私は、「もっとつなげる…
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2023年10月の記事一覧

それでもその気持ちがやまない理由 #鷲田さんのバトン

小池昌代は、こんな人。 誰であろうと、「かつて誰かに恋していた私」は、盛りを過ぎれば「私だけれど私ではない人」になってしまうだろう。あの頃の情熱は、甘美に歪曲されてしまっている。 とは言え恋は時に、人生のすべてを支配する。 老いた私にとって、その事実はとても不思議なことに思える。 誰かを恋い慕うこの気持ちがやまないのは、 私自身が変化するからであり、 世界が多様だからであり、 何より、 いつも「誰かに触発されたい」と願っているからだ。 現役高校教師 協会ペー

ほんのちょっとだけ覚えておく #鷲田さんのバトン

G・K・チェスタトンは、こんな人。 伝統とは、 長い時間をかけて 市井の人が紡いできたもの。 人は必ず死にます。 ならば、私たちが生きる理由は、「つなぐ」こと。 ただそれだけ。 そう思えば、 些事に心を痛めることもない。 人生に意義を無理やり見出す必要もない。 私たちは生き、そこに存在しているだけでいい。 ただし、ほんのちょっとだけ、覚えておくことがある。 あなたに縁ある「亡き人々」は、あなたに施してきた。 あなたに縁ある「未生の人たち」は、きっと、あなたの施しを受

勝手に消さないで #鷲田さんのバトン

金時鐘(キムシジョン)はこんな人。 日本社会において、沈黙は肯定。 だから、差別の傍観者は、無言の肯定者になる。 私自身、中学校での3年間、ずっといじめられてきました。 嫌なあだ名をつけられたり、 ばい菌扱いされ、近づけば逃げられたり、 ひどいときは、自転車のチェーンを壊されたこともありました。 ただ、そんな毎日でも、一緒に遊ぶ友人はいました。 しかし、友人たちは「傍観者」でした。 普段は一緒に楽しくやり取りをするのに、加害者たちの私に対するいじめが始まると、その

SNSに心がザワつくのは、誰もが同じ #鷲田さんのバトン

千葉望(ちば のぞみ)は、こんな人。 世界を正しく捉えたいなら、「遠近法」を間違えないこと。 千葉さんに限らず、多くの人はそう言います。 ですが、人は誰かと自分を無意識に比較してしまう生き物。結果、 「私は何も持たない」 「私には何もできない」 「あの人のように生まれたかった」 「美しくさえあれば」 「才能が豊かだったら」 「お金さえあれば」 そして、「それ」がさも”そこ”にあるかのように振る舞う。 いずれにしても、苦しさから逃れることはありません。 古文では、

最強の言葉 #鷲田さんのバトン

五百旗頭真(いおきべ まこと)は、こんな人。 ”猛り狂う暴力と限りない献身” 身勝手にふるまう人間性が露出するとともに、突然未来が見えなくなった人たちを勇気づけようという思いがそこかしこに現れる。 極限状況を避けたいと願うのは、苦しみを伴うからだけでなく、針が極端に一方へ振れる状況が「自然」ではないからです。 私たちにとっての「自然」とは、利己的な自己を晒すことでも誰かを一方的に支えることでもない。 自己や他者との距離を測りながら、相互依存的な関係性をはぐくむために

贅肉つきすぎ #鷲田さんのバトン

示威行為は好きじゃないです。それをする人も。 自分が常に正しいとは思いませんが、自分の考えにこだわっている自分がいます。 孔子は「五十にして天命を知る」と言いましたが、55歳の私は「自分に与えられた使命」が何であるか、いまだにわかっていません。 「四十にして惑わず」という言葉もありますが、その年齢をはるかに超えた私は、世の中の真理もわからず、自身の生き方も定まっていません。 寿命の短かった昔に生きた人たちはきっと、今よりもずっと若い年齢の時点で、自らがなすべきことを知

深海魚は必要に迫られているから。人間は生の重みを知っているから。 #鷲田さんのバトン

明石海人は、こんな人。 美男子、博学、資産家、ハンセン病患者、妻子との離別、醜化、失明、麻痺、歌への執着、38歳で夭逝。 波乱の人生。ですが、「人生は長さじゃない」と思わせてくれます。 そして、近藤宏一はこんな人。 10代でハンセン病発症。手指の欠損、失明、サングラス、ハーモニカ楽団、指揮者、83歳で逝去。 病を抱えての長寿。私には想像するしかありません。 近藤さんに師事した佐々木松雄さんは、こう言います。 重い病をアイデンティティの基盤に据えることなど、普通の