就活の終焉

「今受けてる会社落ちたら、就活辞めようと思う」

その日の晩、夕食を食べながら柑奈は私にそう打ち明けてきた。突然のことに私は面食らった。どこからか風鈴の涼しげな音色が聞こえてくる。

「辞めてどうするの?」

「フリーターしながら作家目指そうと思う。ほら、私もともと子どもの頃から作家志望だし。こう見えても私、コンクールとかに作品送ったりしてるんだ。…やりたくもない仕事のために時間を費やすより、そっちの方が私の人生的に合ってると思うんだよね」

それは、現実逃避的な考えで、今、楽な方を選ぼうとしているようにしか私には聞こえなかった。

「本気?」

「うん」

柑奈は単なる思いつきでそんなことを言い出すような人ではないことは分かっていた。自分の中で様々な葛藤があって、出た結論なのだろう。それでも、就活を辞めるという選択肢を選ぶのは夏だとはいえ、時期尚早だと思った。

「辛いのはわかるけど、あともう少しだけ踏ん張ってみた方がいいんじゃない?」

「やりたいと思えない仕事に就くために精神すり減らして何の意味があるんだろうって、最近ばかばかしくなってきちゃったんだよね。だったら自分がやりたい道を選んでもいいんじゃないかって」

柑奈は自分のやりたいことに重きを置きすぎている気がする。やりたいことをやっている大人って果たしてどれほどいるのだろうか。私は言う。

「でも、新卒での就職のチャンスって人生で一回しかないわけじゃん。そのチャンス逃したらもう一生新卒としては働けないんだよ?やりたいとは思えない仕事でも一回就職してみた方がいいって。それに」

就活エージェントっていう存在があるよ、そう言いかけて柑奈は絞り出すように言った。

「もう、限界なの。夜遅くまでエントリーシートに書く内容必死で捻り出して、それで暑い中スーツ着て、汗だくになりながら面接。それでも、結局誰にも必要となんかされてなくて。まあ、仕方ないかもね、暗記で塗り固めた上っ面の志望動機しか言えないんだから…。それでも、何十回もNOを突きつけられて、切り捨てられるこの気持ち、分かる?いつまで経っても続く、先の見えない就活のループ。…すんなり就職決まった愛莉には私の気持ちなんて分かるわけないよね」

そう言いながら柑奈は泣き出した。私も含め、周りが内定決めていく中で、柑奈は1人で孤独に戦い続けていた。思えば、柑奈が弱音を吐いているのを聞いたのはその時が初めてだった。私は柑奈にどう声をかけるのが正解なのか分からなかった。もうこれ以上、十分頑張っている柑奈に頑張れとは言えなかった。

それから柑奈はその時受けていた会社に落ち、就活を辞めた。

つづく。

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