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とある二人のお話(第三章)

第三章

帰国の日。優斗と風花は空港で日本行きのフライトを待っていた。
「いやー、まいったよ。ビジネスクラスしか取れないなんてさ!」
優斗が笑った。
明るさが逆に痛々しい、少し乾いた笑い方だった。
風花はそんな優斗を見て、胸が締め付けられる思いがした。

「あ、ちょっとスタッフさんに用があるから行くね」
優斗が突然歩いて行き、空港スタッフに声をかけた。
何やら話し込んでいる。

しばらくするとVサインを出しながら戻って来た。
「エコノミーの風花の隣の席に変えてもらった」
「どうして?普通ビジネスクラスの方がいいでしょ」
「ビジネスクラスより、風花の隣がいい。長時間だし知ってる人と座る方が絶対いいよ」

何よそれ、意味わかんない、と風花は肩をすくめた。実際勿体ないとは思ったが、それ以上に自分を大切に思ってくれていることが分かって嬉しかった。人を大事にできる、根から良い人なんだな。それに…私のことが好きってことかな?と淡い期待が芽生えた。


搭乗時刻になり二人が一緒に搭乗すると、急いで帰国準備をした疲れが出たのか、二人ともすぐに眠り込んでしまった。

「…花。― 風花」
ふと、優斗の声がして風花は目を覚ました。
「窓の外を見てみて。朝日が綺麗だよ」

風花が目をやると、機体の主翼が黒く伸びるその向こう側に、雲の上に昇ってきた朝日が眩く光っていた。
今までの人生で見た中で、一番美しい朝日だった。

「いつか必ず、陽は昇るんだ」
優斗が噛みしめるように呟いた。
微かな、それでいて力強さのある声だった。


羽田空港に着くと、優斗は長野の友人宅へ、風花は神奈川の自宅へ戻るため手を振って別れた。優斗は一人暮らしだったので家を解約しており、突然の緊急帰国となっては友人宅に泊めてもらうしかなかったのだ。

やけにあっさりした別れで、風花は少し物足りない気持ちだった。
(優斗のこと、もっと知りたかったな…。)
まあ連絡手段はあるし、そんな贅沢を言っている場合でもないよな、と風花は気を取り直して普段の生活に戻った。

2020年3月21日。日本では桜がほころび始める頃だった。



それから一年。
優斗と風花はSNSでのやり取りを通じて仲良くなり、風花からの告白を経て付き合うことになった。

優斗は帰国後、大学院での研究に加えて様々な活動に打ち込んだ。まるで留学中止で失ったものを取り戻すかのように。中でもパンデミック中の外出自粛需要を捉えて優斗が作った、地元のテイクアウト飲食店と消費者を繋ぐLINEサービスは、登録者数が急増し大ヒットとなった。
大学院も首席で卒業。本当に思い残すことはないな、留学以外は、と優斗は苦笑した。

風花も幸い、大学最後の一年を充実させることができた。風花の場合は留学の残りのプログラムをオンラインで日本から受講することができたため、現地学生を抑えたトップ数パーセントの好成績で留学を終えることができた。その後もアルバイトや長期インターンシップ、就職活動、卒業研究と忙しく過ごし、気づくと卒業の時を迎えていた。


優斗と風花はともに首都圏の会社に就職した。
優斗が東京に引っ越してからは、それまで以上に会う回数が増えた。同時にパンデミックも落ち着きを見せ、少しは気兼ねなくデートができるようになったことを二人は喜んだ。


徐々に平和な日常が戻ってきたある日。
「あの時の留学がなかったら、私たちはきっと出会わなかったよね」
デート中の散歩道で、風花がぽつりと言った。

「そうだね。逆に言えば風花と出会えたから、俺の留学はそれだけで十分だったとも言える」
優斗が笑った。屈託のない笑顔だった。

「いつか、マンチェスターに戻りたいなあ。社会人をやってお金を貯めたら、博士課程に進もうかな」
「それは良いね。大学院にはそういう人もいるものね」
「あとは趣味のランニングで、ロンドンマラソンに行くのも目標にするよ」

前だけを見ている優斗が、風花には眩しかった。
まるであの時飛行機から見た朝日のように、どこまでも美しく尊いものと相対している気がした。


「これから先、日本でもイギリスでも、一緒に幸せになろうね。約束だよ」
風花がくるりとスカートを翻して振り返り、優斗の目を覗き込んだ。

「もちろん!」
優斗が頷く。

柔らかい新緑の木漏れ日が、二人を包んでいた。


End




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