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スカイブルーの理由

「ねぇ修平、空はなんで青いのか知ってる?」
俺の自転車の後ろで、メイが無邪気に脚をばたばたさせながら聞いた。
「あぁ、もう、バタバタすんなって、落とすぞ。」
俺が反動で揺れる車体を必死に立て直しながら悪態をつくと、
「修平は私に、絶対そんなひどいことしないって知ってるよーだ。」
メイは俺を見上げながらきゃっきゃと笑った。
「まぁ、落とさないけど・・・。」
俺が少し口をとがらせて言うと、メイは嬉しそうに笑って、まるで子犬を可愛がるみたいに、俺のおなかを雑に撫でた。
「修平って昔から本当に良い子だよね。高校生になって、見た目はかっこつけるようになったけど、中身は全然変わってない。」
メイが俺に甘えるみたいに抱きついてきた。背中に当たる柔らかい感触にどきどきして、俺は動揺を隠そうと自転車の速度を速めた。朝きっちりセットしたはずの俺の髪は、べたついた風に大敗を喫していた。
「もう、うるさいな。」
横の田んぼでは、カエルが存在を主張するように鳴いていた。
「確かにうるさいよね、カエル。」
メイの能天気な言葉に、
「カエルじゃねーし。ってか甘えるなら俺じゃなくて彼氏にしろよ。」
と、俺が冗談めかして言うと、
「彼氏・・・。そだね。」
メイはゆっくり言った。表情は見えなかったけれど、少し寂しそうな顔をしている気がした。
「・・・姉ちゃん?」
恐る恐る声をかけると、
「あっ・・・。修平、自転車停めて。」
メイは慌てた声でそう言って俺の背中を乱暴に叩いた。
「急に何だよ。」
俺は促されるがままに急ブレーキをかけた。自転車が停まると、メイは急いで飛び降りて走って行った。俺がメイの方を振り返ると、メイは帽子についた砂埃を手でぱたぱたと払ってから、綺麗な茶色の目で俺を見た。
「良かった。田んぼに落ちなくて。セーフ。」
メイはぺろっと舌を出して笑った。
「ったく、そんな大きい帽子かぶってるからだろ。」
俺がメイに聞えるくらい声を張って言うと、メイはつばの広い麦わら帽子を大切そうに抱きしめたまま、小さな声で何か言った。メイの、長くウェーブのかかった髪と、白いワンピースが風で揺れた。
「え、何?」
俺が聞き返すと、
「空はなんで青いのか知ってる?」
メイは、今度は俺に聞えるくらいの声で聞いた。俺は自転車をUターンさせて押しながら、脳内に散らばる曖昧な記憶を必死に掘り起こした。
「えー、青い光が一番目に届きやすいから・・・とかだったっけ?」
メイの前に自転車を停めて答えると、
「やっぱり修平は頭良いねー。でも残念でしたー。はずれー。」
メイは15センチも高い俺の頭を背伸びして撫でながら、けらけら笑って言った。
「違ったか、案外覚えてないもんだな。正解は?」
俺が苦笑いして聞くと、
「私の機嫌が良いからだよ。」
メイは、ふざけているのか真面目なのかよく分からないテンションで答えた。
「何だそれ。」
俺が笑って言うと、
「機嫌が良い日は、空が青く澄んで見えるの。そういうもん。」
メイは帽子をかぶり直して得意気に言った。
「そっか。」
俺は柔らかく相槌をうった。
「ねぇ修平・・・、私のこういうところが駄目だったのかなぁ・・・。」
メイが小さな声で言ったので、俺は敢えてメイを見ずに自転車のスタンドを蹴った。
「ほら、早く行くぞ。」
「うん。」
メイは自転車の荷台に座って俺のおなかに腕を回した。その途端、突然吹いた一陣の風にメイの麦わら帽子がまた持っていかれた。
「あっ。また飛ばされちゃった。」
メイの声に振り返ると、帽子は田んぼに逆さまに浮いていた。
「まったく、ちゃんと押さえてないから。」
俺が帽子を取りに行こうと自転車を停めると、メイは俺に抱きついたまま放そうとしなかった。
「取りに行ってくるよ。大事な帽子なんだろう?」
俺が言うと、
「・・・うんう。もういいや。・・・ごめん、ちょっとだけ。」
メイの顔は見えなかったけれど、泣いているような気がした。
「・・・俺はさ、良いと思うよ。空が青い理由。姉ちゃんらしくて。」
小さな声で言うと、メイは俺を後ろから抱きしめたまま、空を見上げて言った。
「ねぇ修平、見て。今、綺麗なスカイブルーになったよ。」

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