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Siren

 私の周りを囲む透明なガラス。私を刺すたくさんの人々の視線。声。
私は美しいドレスを着せられて、大きな透明な檻に閉じ込められている。
動物園のパンダのように、人々は私に好奇な目を向ける。
私はぼんやりと死んだようにじっと耐えていた。

「見て見て。あの子、お人形さんみたいよ。」
小さな女の子が私を指差してそう言った。
「そうね、可愛らしい。」
その子の隣にいる大人が言った。
「ママ、私もあの子みたいになりたい。」
小さな子はそう言って、スキップをしながらどこかへ行った。
――こうなりたいならいつでも代わってあげるのに。
私は虚ろな目をしたまま、ぼんやりと思った。

そっと空を見上げると、一羽のカラスが飛んでいた。
カラスは青い空の中で、風を受けて空中を飛び回っていた。
風は優しく温かいように感じて、どこへでも自由に飛んでいけるカラスを羨ましいと思った。
――風も、空も、檻の中の私にはとても遠い。
私は一度も触れたことのない外の空気に憧れていた。

「まぁ美しい羽根。ねぇあなた。」
感心するような声がして視線をゆっくりと向けると、おじいさんとおばあさんが手を取り合って私を見ていた。
「あぁ、何とも見事な艶だなぁ。」
おじいさんが柔らかな声で答えた。
――この羽根が欲しいなら、いくらでもあげるのに。
私は二人の賞賛の声を聴きながら、無感動に思った。

 私には、生まれた時から真っ白な羽根が生えていた。
周りの人間たちは私を、商品だと思っているみたいだった。
誰もが私の羽根を褒め、時には私の羽根に祈り、時には私の羽根を幸せの象徴として扱った。
だけど私は、どんなに着飾って、人々に褒められてもちっとも満たされなかった。
――こんな羽根がなかったら、私はもっと自由に生きていられたのに。
私にとっての羽根は抑制の象徴で、私が望むのは普通の人間と同じ自由だった。
私は自分の羽根を疎ましく思っていた。

 ある晩、暗闇の中で、ずっと閉ざされていた檻の扉が静かに開いて、そこから男が二人入ってきた。
それは突然の出来事のようでもあり、前から分かっていた出来事であるようにも思った。
「こんばんは。セイレーンのお嬢ちゃん。」
一人が恭しく私にあいさつした。私は一瞥しただけで言葉を返さなかった。
「こいつ、やっぱり噂通り口がきけないんじゃないか?これは逆に都合が良い。」
もう一人の男が意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
「これで俺たちもお金持ちだなぁ。兄ちゃん。」
「おい、静かにしろ。素早くな。」
二人の会話から、私をここから盗んで売るつもりなのだと直感的に分かった。
開けたままになっている檻の扉をちらりと見て、私はにやりと笑った。そして、大きく息を吸って歌った。

――それは天上の言葉。人を誘い、惑わす歌。

二人の男はふらふらと、力なくその場に倒れて気を失った。
私は高らかに笑って、開いたままの扉から一歩外へ出た。
肌を撫でる冷たい風に足がすくんで立ち止まった。
どこまでも続く暗闇が、私を包んで押しつぶし、壊してしまうような気がした。
どこへ行けばいいのか分からない。
嬉しいはずなのに、怖くてたまらない。

――やっと手に入れた自由は、私にとって、無限の不安と同義だった。

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