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Nikolaschka

「この前母さんとご飯食べたじゃん?」
夕ご飯が終わり、近くのスーパーで帰りがけに買ってきたチョコレートの袋を開けていると、不意に彼が言った。
「あ、うん。あそこのイタリアンおいしかったね。」
私が応えると、
「母さんがさ、ちさとのこと、いい子だねって言ってたよ。可愛いし、しっかりしてるし、俺にはもったいないくらいの子だって。」
彼はローソファーまで戻って来て私の隣に座ると、満足気に言った。手には友達から結婚の内祝いに貰ったブランデーのボトルが握られている。ブランデーはあまり飲まないので詳しくないけれど、ハート型のボトルが可愛いと思った。
「そうなんだ。」
私は相槌を打ちながら、きっと来週の記念日にプロポーズされるのだろうと感じていた。安いペアグラスに、彼がとぽとぽとブランデーを注いだ。
「ねぇちさと。」
彼が呼ぶ声に振り向くと、彼は私にキスをして、そのまま私を押し倒し、着ていたルームウェアの上から私の胸を触った。テレビからは、最近始まったばかりのバラエティー番組がだらだらと流れていた。
「今?せっかくお酒出したのに。」
私はゆるく笑って言った。わざわざ抵抗はしなかったけれど、気乗りしなかった。
「えー、駄目?」
彼は私に抱きつきながら甘えたような声で聞いた。彼のシャンプーがふっと香って、今のように、彼が私の家に泊まって、ほとんどの休日を一緒に過ごすようになったばかりの頃を思い出した。

 付き合って少し経った頃だったと思う。確か一緒に映画を観に行った帰り道で、突然雨が降ってきたのだ。あの頃は二人ともまだ学生で、お金も無かったから、自転車で少し離れたイオンに行くのが定番のデートコースだった。次第に強くなる雨の中、私たちは寒さに凍えながら、必死に自転車をこいで帰り道を急いだのを覚えている。

「昔さ、映画観に行った帰りに、自転車で雨に降られたことあったじゃん?覚えてる?」
彼にされるがままに衣服をはぎとられながら聞くと、
「んー?そんなことあったっけ?」
彼は手早く自分もパーカーを脱ぎ始めながら気のない返事をした。
「ほら、パンツまでずぶ濡れで帰ってきて、風邪ひいちゃうと悪いからって私がお風呂勧めたら、俺があがるの待ってる間にちさとが風邪ひいちゃうって言ってさ、私に先に入ってほしい翼と、翼に先に入ってほしい私とで喧嘩になったじゃん。」
私があの日の事を思い出しながら更に詳しく話しても、彼からは曖昧な言葉が返ってくるだけで、あまり思い出せていないのだろうと思った。
「結局じゃんけんで決めようってことになって、翼が勝ったから私から入ることになったんだけど、やっぱり納得しきれなくて、結局一緒に入ったじゃん。え、ここまで言ってもまだ思い出さない?土曜プレミアムの録画忘れたからって途中で雨宿りやめて無理やり帰ってきたじゃん・・・。」
私がその先の出来事を話しても、彼は全然ピンときていない様子だったので、最後は尻すぼまりになってしまった。
「なんかごめん。」
彼は申し訳無さそうに謝ったけれど、やはり思い出せないみたいだった。
「あの時、翼の前で初めて裸になるから、すごい緊張したし、どきどきしたし、軽い女って思われないかなとか不安になったけど、勇気出して誘ったなって、なんか今ふっと思い出したんだよね。」
私は少し諦観めいた声で言った。
「そっかぁ。勇気出してくれてありがとね。」
彼は私の頭をぽんぽんと撫でてから、長いキスをして、私に熱いものを押し当てた。粘膜が裂けるような痛みに耐えながら、見当違いなありがとうだと思った。私はもう一度、勇気を出せるだろうか?ぼんやりと机の下に目をやると、雑に脱ぎ捨てられた、彼のよれよれの下着が落ちていた。
「翼、別れよっか。」

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