帰宅電車(500字小説)

満員電車までいかずとも、席はすべて埋まっていた。

べつに、10分程度で降りるからいいもん、と誰にするでもない言い訳を頭に思い浮かべて、適当なつり革に手をかける。
今日は雨が降っていた。梅雨。朝から雨。今も雨。ずっと雨。仕事中、営業で走り回っていた私のヒールの中はグチャグチャになっていた。つま先を丸めると、ぐちゅ、となんとも言えない不快感…。でも、癖になって何度もやっちゃう。実は快感なのかな?私、痛い口内炎も何度も舌先で触っちゃうタイプ。

はあ。マスクの下でため息をつく。今日も疲れたなあ。もう外が暗いや。
目の前に座っている、変な髪の色をしたおばさん。その後ろに、広々とした窓。広々とした真っ暗闇。私の姿がくっきり見えた。
あれ、なんか今日、ちょっと美人に見える…気がする。マスクつけてるから顔の半分も見えないけど。目が美人。じーっと窓に写った自分と目を合わせる。うっとり。

「ん゛んっ…」
「あ、すみません…」

うっとりしすぎて、窓に顔を近付けすぎたみたい。腕にかけていたびしょびしょの傘が、おばさんの膝にあたっていた。あーあ、せっかくちょっと、いい気分になってたのに…。
目線を窓に戻すと、いつもの冴えない私の目が、そこにあった。

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