8分間の幸せ(おまけ)
前回までのお話はこちらです。
◆‥◇‥◆
結局、あの火曜日以降女性が電車に乗ってくることが無くなり、8分間の幸せも終わってしまって今日で2週間が過ぎた。
このままでは、僕の表情筋はまた退化してしまうかも。
・・・・・聡介はため息をつく。
こら、聡介。今は仕事中だぞ。いつお客さんが来てもいいように集中しなくては。
「さて、ギフトコーナーのディスプレイでも変更してみようかな」
その時、店の前に立って店の中の様子をうかがっている女性の姿が見えた。髪の毛はショートでボーイッシュなのに、服装はふわふわとした可愛い服を着ている。
最近電車で見かけなくなった女性も、あんな雰囲気の服を着ていたっけな・・と頭の中でつぶやきながら観察をする。どうやら、店に入ることを躊躇っているようだ。
店に入る事が恥ずかしいのかな。以前の僕と同じように。
ショーケースの内側に立って店の外を見ていた僕と目が合うと、女性はそそくさとその場を離れてしまった。
あ・・お客さんを一人逃してしまった・・・。
その後はずっと暇で、先ほど店に入らず帰ってしまった女性の後は、誰も来なかった。
◆‥◇‥◆
閉店時間の5分前になったので、聡介は片づけ始めることにした。
店の外へ出てウエルカムボードをしまおうとすると、女性に声をかけられた。
「あの・・・まだ、大丈夫ですか?」
「あ、はい。大丈夫ですよ。いらっしゃいませ、どうぞ中へ」
あれ、この人、さっき店の前で入店を躊躇していた女性だ・・。結局うちの店を選んでくれたんだ。ありがたい。
店の中へ女性を案内し、僕はショーケースの内側へ戻った。
女性は、ショーケースに顔を近づけて一生懸命ケーキを選ぼうとしている。今日は暇だったため、ケーキは全種類残っている。種類が多くて迷うだろうなと思う。
数分後、女性はやっと、決心がついたようで顔を上げた。
「この、チョコレートのケーキ一つください」
「はい」・・といいながら、女性の顔をあらためて見て聡介は驚いた。
なんと、電車の中でいつも僕の肩を枕にしていた女性ではないか!
「あっ! いつもの!」
「えっ?」
女性は短い言葉を発して数秒間沈黙をした後、小さく可憐な花がぱっと咲いたような笑顔で言った。
「もしかして、電車でいつも隣にいた人? ごめんなさいね。いつももたれかかってしまって・・」
「いえ、気にしないでください(・・ちょっと嬉しかったし)」
聡介は、少し衰えかけた表情筋を使って、できるだけ自然にほほ笑んだ。
◆‥◇‥◆
彼女が選んだケーキは、店の名前を使った「amor et fleur(アモールエフルール)」という、オーナーの自信作だ。そして、僕が会社員として最後にもらった給料で買ったチョコレートケーキでもある。
以前、オーナーに店名「amor et」の由来を聞いたことがある。フランス語で恋だとか言っていたような気がするが・・・。
彼女が肩の下まであった髪をショートにし、ウエーブをストレートに変えたのは、きっと気持ちを切り替えるためだ。
ヘアスタイルを変えるのは、失恋からの立ち直り中。
僕は、弱った心を立て直し中。
店に入ることを躊躇したあと、彼女が一つだけ選んだケーキが僕が買ったのと同じ。
店の名前は「恋」で、電車で見かけなくなってから彼女が偶然やってきた。
そこで働いている僕は、彼女と恋をする運命だったのかも・・
「また、電車で」
「はい、電車でお会いしましょう」
「お店にも来てくださいね」
「はい」
彼女をお見送りしてから僕は、電車の中の8分間の幸せが、これからは永遠の幸せになる予感がした。
僕の妄想かもしれないけれど、こじつけの偶然がこんなにもある。運命の恋が始まらないわけがない。
◆‥◇‥◆
さて・・・・
明日の大杉先生の診察では何を話そうか。
そうそう、素敵な報告があるではないか。
「僕、もう大丈夫だと思います。恋をしたみたいなので・・」
(完)
あとがき
書いている途中で結末を変更したため、タイトルと内容の関連性が薄れてしまった気がしたので「おまけ」という形で別に書いてみました。
もともと1000字以内で一話完結の予定でしたが、長くなってしまいました。
とりあえず、書き上げた自分をほめてあげよう(^_-)-☆
電車に乗っていて隣の人がなぜか自分の側にだけにもたれかかってくるというのはよくあることなんです。電車の中で相手の肩にもたれかかってしまっている自分に気が付かず熟睡する若い女性を見て物語を思いつきました。
都心への通勤、疲れますものね(^^)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
あやのはるか
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