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ラーメンが映画に勝利した夜

わたしは木曜の夜十時、ショッピングモールを歩いていた。

閉店間際のモールはとても静かだ。

静けさに、どきっとする。

十年以上も昔からよく通っているモールなのに、夜のモールを歩くと海外にでも来たかのような錯覚に陥る。


私は平日の夜、夫と交渉して一人で映画を観て帰ることができた。

平日の夜、仕事帰りに、一人で映画を!

実に7年ぶり。朝から楽しみで仕方がなかった。


久々に遅い時間に一人で寄り道して、休日のモールとは景色がまるで違うことに気づいた。

ショッピングモールは曜日と時間によって、その雰囲気がガラっと変わるから、面白い。

平日昼間のメインキャラクターは、高齢者と乳幼児連れの若いママだ。

高齢者はショッピングモールのあちこち置かれたソファで昼寝をする。子育て真っ盛りのお母さんにとって、モールは気分転換しつつ、暑さも寒さもしのげるシェルターのような存在。

産育休中にわたしが知っていたショッピングモールは、昼間の姿だけだ。

高齢者と乳幼児とママさんが、それぞれ心地よく過ごす場所。


ところが夜のモールときたら、メインキャラクターは若者に代わっていた。

学校帰り、塾帰りの高校生。大学生、専門学校生…そんな雰囲気の華やかな恰好の若者たちが、メインキャラクターとしてモールを歩いていた。

女の子はタピオカだとかスタバのフラペチーノなどを片手に、友達と楽しげに歩いている。

平均年齢が、昼間に比べてぐぐっと下がっている。


映画を観る前にお気に入りのラーメン店に入った。

カウンター席に座り、すぐさま注文。このラーメン店のメニューはシンプルで豚骨ラーメンのみ。

こってり濃厚の”赤うま”か、あっさりまろやか”白うま”の2択が基本。(たまに季節の変わりメニューも登場)

わたしは常に、迷うことなく濃厚スープの”赤うま”を注文する。

店員の「メニューはお決まりですか」「赤うま肉入りで!」被りがちに即オーダー。

さくっと食べて、そのあと大急ぎで買い物して、映画の時間に間に合わせなくちゃ。

一人で出かけると、あれもこれもやりたくて、常に駆け足。さながらタイムトライアル。のんびりカフェでゆっくり~…って出来ない性分だ。

ラーメンは体感で1分足らずで運ばれてきた。

早くない?まじか。と思いつつ、見慣れたラーメンのとっぴんぐに嬉しくなる。一口スープをすすると、懐かしい濃厚な豚骨スープの味。

久しぶりー!あいたかったよー!

そんな気持ちで胸がいっぱいになる。一人でラーメンを自由なペースで食す。なんて贅沢な時間。

小さい子どもと外で麺類を食べるのは、ちょっとした重労働なので避けてしまう。

「あつい!ふーふーして!」「こぼれたー」「おかわりちょうだい!」

容赦なく連発する要求に対応していると、あっというまに自分のラーメンは冷めてぐにゃぐにゃになり、子どもたちに奪われて、満足に味わえない。

ラーメンって本当はこんなにアツアツで、麺がしゃきっとしていて、満腹になる食べ物だったんだよなぁ。

しみじみと味わっていると、左隣のお兄さんが「替え玉ください」と注文。

さすが若者だ。30過ぎたわたしは、この一杯で十分に満腹になってしまう。それが悔しい。ほんとはもっと食べたいのに、食べられないのが悔しい。

悔しまぎれに、机に置かれているピリ辛モヤシとピリ辛高菜漬けのトッピングを、盛り盛りとラーメンにのせる。

それを見た左隣のお兄ちゃんは、「えっ?そんなトッピングあったの?」と驚いた風に自分もピリ辛もやしをトッピングしていた。

わたしは勝ち誇った気持ちになる。

若者よ、知らなかっただろう。

テーブルにひっそりと置かれた地味な薬味壺の中には、ウマウマなピリ辛おかずが隠れているのだ。しかも、いくらでもトッピングして良い。

いいこと教えてやったぞ。ふふふ…と思いながら名残惜しくスープをすすっていると、お兄ちゃんは「替え玉ください」と3杯目に突入。すごい。若いっていいなあ。


右隣では、大学生っぽい明るい髪の女の子が二人。

こちらの二人はラーメン一杯で「うん、良い感じになったー」と満足そうに話している。どうやら私と同じく、映画の前に食べに来たらしい。

「そろそろ映画館いくかー」と立ち上がるのかなと思いきや店員に「杏仁豆腐ください」とオーダー。

え、杏仁豆腐?そんなメニューあったん?

女の子たちには、食べ慣れたいつものオーダーらしい。

「やっぱ最後はこれだよね。さいこー」「持って帰りたいくらい美味い」

さすが女子は美味しい甘い物をよく知っている。そんなに美味しいなら、わたしも食べたい。

追加オーダーしようか、迷ったけど、なんか恥ずかしさがあってオーダーできなかったのがこの夜一番の悔やみ。

次来たときは絶対食べる。


その後観た映画は『蜜蜂と遠雷』。

原作小説に感動して読了後すぐに観に来た。

しかし感動も内容もラーメンに負けてしまった。

ラーメンの勝利。




手帳と刺繍の楽しみ方について、あれこれ考えてます。楽しい時間をみなさんとシェアできる何かを、作っていきたいです!