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生きてるだけで、愛だよって言ってあげたかった

本谷有希子の「生きてるだけで、愛。」という小説がある。

うつ病で、過眠症でいつも感情を爆発させてるめちゃくちゃな女と自分の思ってることを言わない現実とまっすぐ向き合えない男の恋愛小説なんだけど、良い。映画にもなっていて、見終わったあとに感情がめちゃくちゃ重くなった。

感情を陰と陽2種類に分けたとき、どう考えても生きていく中で必要なのは「陽」でむしろどうやって「陰」にならないようにするかに頭を使うのが通常だと思うんですが、世の中には自ら心をえぐるような感傷、悲哀、しばらく気が重くなるような作品がたくさんある。そして、それらは「陽」より需要があるような気さえもする。

死の欲動があるように僕たち人間は、誰しも少しばかりの破滅願望が標準装備されている。できれば毎日笑ってニコニコしてたいはずなのに、感情は気まぐれだからそれができない。だから人はときに泣ける映画を見に行ったり、夕日を見て思いに耽けたり、一人でいると無意味に少しだけ寂しくなったりして、日常に潜むセンチメンタルを貪って生きている。だから僕もこうしてわざわざ気が重くなるような作品をメディアミックス両方楽しんであまつさえ文章にまでしてる始末だ。

「生きてるだけで、愛」ではストーリーの大筋として、富嶽三十六景の一つである「神奈川沖浪裏」がキーワードになっている。富嶽三十六景とは浮世絵師の葛飾北斎の代表作で富士見のできる各地を織り交ぜながら富士山の在る景観を描いたものだ。

「神奈川沖浪裏」は簡単に言えば富士山に波がざば~んとかかってる絵で、作中ではそれを現代で再現した話が比喩として登場する。ざば~んとかかった波を写真で再現しようとして現代科学を駆使した結果、5000分の1のシャッタースピードでそれを可能にしたらしい。波の高さ、波しぶきのその一つ一つまでだ。描かれた時代を考えればその一瞬を北斎の目が切り取ったのは、どう考えても奇跡だ。そういう話が出てくる。

これを男女の関係、いやそれだけでなく親、兄弟、友達、仕事仲間、多種多様な人間関係に当てはめたとき、他人と分かり合うなんて到底できない。自分のことすら制御できない人間が他人と分かりえうなんて無理だ。もし分かりあえたなら、それは本当に奇跡で、それこそ5000分の1のシャッタースピードの世界、目に映るわずか一瞬だけのことじゃないのか。一瞬だけでも良いからもし他人と分かりあえたらそれはすごい幸せなことなんじゃないか。

人生とは突然の連続で、予期せぬ出来事はわりと簡単にさらっと起きる。それは自分にはどうすることもできないことだってたくさんあるし、あの時こうしてればと後悔することだってある。抗うことのできない運命の波は、タイミングは選べない。僕の場合は、それはわりと早く訪れた。

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小学2年生の時に、親が離婚した。どういう経緯でそう至ったかどうかは全く聞かされなかったし、なぜそうなったのかは聞けなかった。覚えているのは、すすり泣く母親が窓から差し込む夕日に照らされてオレンジになっていたことと、「わかった。」とだけ返事したことだけだった。

そのあとのことはあんまり覚えていなくて、ただ気づけば父親がいない生活が始まり、それは日常になっていった。まだそれほど離婚が世間一般では珍しい頃だったので、そういう理由でいじめられることがないようにと気を使って名字を変えることはなく、付け加えて何か誰かに家のことを聞かれたら父親は単身赴任で遠くに行ってるというように母親に言われたこともあってか、特に僕を取り巻く環境は父親が居ないという事実以外変化はなかった。

特段誰かにそういうことを聞かれることもなく、日々は平然と過ぎていった。寂しさも特にないし、歳を重ねるごとにたまに会う父親に少しわずらわしさを覚えるほどだった。

あの日、オレンジ色の中で僕は「なんだかしっかりしなきゃいけない気がする」そう漠然と思った。明日誰と遊ぼうとか、宿題やらなきゃ、見たいテレビがあるとかそういう次元の悩みしかなかった僕に、突然両親の離婚という人生を揺るがすバカでかい出来事に脳みそは処理が追い付かず、それでもなぜか泣いたり叫んだり、感情をぶつけて困らせてしまうことはしてはいけない、それだけは強く思った。子供ながら親に対する同情があったのか、それとも大人ぶりたかったその時の自分がそうさせたのかはわからない。

いったいなにがわかったというのか。今になってそう思う。すべてを理解しないまま、ただなんとなく、理解したふりをして返事をして、目の前の問題を先送りしただけだったのではないか。自分がどうあがいてもきっと現実は変わらないが、こんなにあっけなく終わる必要はなかったのではないか。理解から一番遠いところにいた僕は、生まれてはじめてその場を丸く収めることに専念した。

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自分が何をせずとも生きてるだけでとんでもないことが起きる。それだけ自分の周りにはたくさんの人間が居て、それぞれがそれぞれの思惑を持って毎日を生きている。すべての事柄に100点満点の答えは出せないだろうし、自分にとって重要なことほどうまくできないときもある。

結局、自分のことは自分で決めるし他人にどうこう言われたってそんな簡単に人は変われない。幸か不幸か関係なく、自分と向き合って生きていくしかない。ときには笑い、時には問題を先送りして、時にはセンチメンタルを食い物にしてもだ。

不幸は、底を知らない。落ちるとこまで落ちてもまだまだ落ちる。どこまで落ちても最後まで一緒にいるのは自分なのだ。そんな一生自分と付き合っていくしかない。それでも僕らは生きていく。

作中に「わたしはわたしとは別れられない」というセリフがあって、このフレーズがすごい気に入っている。実際はこのあと「だからわたしと別れられてあなたはいいな」と続くわけですが、僕の中では最初のフレーズこそ「生きてるだけで、愛」の本質なのではないか、と思う。

僕らは分かりあえないことが前提で、それでもきっと今までその奇跡を何度も起こしてきた。それは気づかないほど小さくて吹けば飛んで行くような小さなものだとしても。そしてそれは生きていればこれからも訪れるわりとお手軽な奇跡なんじゃないだろうか。うまくいってないときもいってるときも、どちらにせよ生きてるだけで愛なんだ。

もし、たち悩む人がいればこう言いたい。

誰でもいい。たった一回だけでもいい。すれ違っていく人生の中で、5000分の1のシャッタースピードの速さで、もし誰かと分かりあえたなら、それだけでも、生きてるだけで愛だよって。僕はそう思ったんだ。


#コラム #エッセイ #本谷有希子 #生きてるだけで 、愛

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