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本当の記憶を取り戻すために大阪を旅した話

「風が気持ちいい。」
河川敷に冬の冷たい風が吹き抜けていく。もうすぐ日が沈み、街がオレンジ色に染まり、そしてすべての色がなくなり暗い夜が来る。それまでに決着をつけよう。

「これで…これで全部終わりにしてやる…」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ある朝、目覚めると記憶の一部が欠落していた。

名前はわかる。性別、年齢、学歴、仕事、好きな食べ物や音楽、漫画、スポーツ、親や友だちの名前、好きな芸能人はみうらじゅんで、ネッシーもドラキュラもミイラ男も神様も清純グラビアアイドルもこの世にはいない。そんなことまでわかってる。

昨日の晩御飯は鯖の塩焼きで、白ご飯が余ったから漬物と一緒に食べた。鬼滅の刃の続きが見たい、そろそろ本棚がいっぱいになってきたから整理しなきゃいけない、週末は掃除機をかけて、昼から銭湯に行こう、なんてことを考えて昨日は寝た。

変わらないはずの日常。
何も失ってなんかいない…はず。

でも確実に一部、何かを失っていた。
自分が何者なのか、それがわからない。

記憶なのか、存在なのか。

半信半疑、僕はその違和感と共に生活が始まった。

会社に行く電車、スマホの通知、駅の待ち時間、仕事、仕事、仕事?、会社の休憩時間、外食、うどん札、長い会議、業務、ルーチン、定時、寒空、月明かりと街頭、晩ごはん、お風呂、布団、全てが平行線上に、僕の人生の中に点々と存在しているそれらが、さも当たり前のように次々と迫りくる。あるべき日常に少しの不安と違和感が加わったことで、僕は恐怖した。

違う、何かが違う。でもそれがわからない。わからないまま時は流れた。


ある日、目を覚ますと枕元にレンガが積まれていた。全く見に覚えがない。大小2つ、ずっとそこにあったかのように自然と生活に馴染んでいる気がして気持ち悪かった。


小さな赤レンガを手にとって見る。


小さくても随分に重いな。そうぼんやりと思った瞬間、頭に鈍い痛みが走った。思わず、「うっ」と声が出て、そして知らない記憶が頭の中に流れる。

森の中だ。走るわけでもなく、ただなんとなく進んでいく。昼間の森だ。光が差し込んでいるから怖くはない。ただ静かで、もう今世の中の人間が全員死んだって言われたって信じてしまう。それくらい静かな森。聞こえるのは僕が歩く音だけ。きっと初めて歩く道だから、ぐんぐん進んでいく。これが知ってる道ならこうはならない。先がわかってるとなんだかやる気が無くなってしまう。すると自然と足取りも重くなる。あぁ、ずっとこのまま歩いていたいなぁ。楽しい。森の中で、一人で、歩いて、ああ、いい。恐悦至極だなぁ。。。。

ふと我に返る。

怖くなってレンガを手から離す。すると頭の痛みはすっと消えて、落ち着く。なんだったんだ今のは。誰の記憶?僕なのか?痛みを忘れて、森の中を歩いて楽しくなって、危なかった、吸い込まれそうだった。でもこれが僕の中の欠落した部分の中もしれない。


もう一度手に触れたい。


もう一度だけなら…


手にとったレンガは、岩のように重くずっしりとしていた。するとまたあの痛みが走って、記憶が薄れていく。今度は暗闇の中だ…




(・・・・・・・・・・・・・・・・・)




(き・・・・・・・・・を・・・です)


誰かの声が聞こえる。よく聞き取れない。僕はその声に集中する。




(記憶の石を・・・・・・・・・・です)


記憶の石?そう聞こえた。その先がうまく聞き取れない。ぼやっとした光が強くなって、声の主を照らしていく。僕は目を凝らし、その存在に集中していく。


!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?



(記憶の石を持って、あなたは巡るのです。大阪の街を…)

黒髪のふなっしー???

(記憶の石を持って、あなたは巡るのです。大阪の街を…象徴を探すのです。さすればあなたは思い出す。自分自身を。そして死の運命を回避するのです。)

とんでもないことをふなっしーが言っているが、情報量の多さに頭が追いつかない。死ぬの?僕が?


(あまり時間がありません。急ぐのです。さぁ、目覚めの時です。)

どうして、標準語なの?

シュパァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!!!!


意識が戻ってくる。

「なんだったんだ今のは…」思わず声に出してしまった。手をじっと見つめて気づく。


え?

ボロボロに砕けてる。布団がレンガまみれになっている。そういう悲しみのほうが強く、今ひとつ実感がわかないが、どうやら僕は死ぬらしい。そして、それを回避するためには、このレンガ(記憶の石)を持って大阪の街を旅しなければならないらしい。

記憶の石…小さい方は砕けたから、もう一個がそうなのか…でかいな…

とにかく時間がないらしく、もしかしたらそれは明日かもしれない。布団の上のレンガを片付けながら考えていた。いつかくる運命が残酷な結果を生むことが確定しているのであれば、ただぼんやりとそれを待つのではなく、抗わなければならない。象徴がなにかは全然わからないが、とにかく進むしかない。前へ、前へ。そして、レンガは何ゴミに出せば良いんだ?

それから僕が記憶の石(便宜上そう呼ぶ)を持ち歩く生活が始まった。

天王寺の街は、光と影だ。天王寺区の隣、西成区のあいりん地区は大阪で一番治安の悪い街として有名だ。それは天王寺にも影響が出ていて、たくさんのホームレスが街を占領していた。だが、ここ数年でそれも変わり、天王寺はクリーンな街に生まれ変わった。あべのハルカスができたり、天王寺公園はホームレスに強制立ち退きを命じ、青空カラオケを解散させたり…光が強すぎるとその分影は伸びる。天王寺はそういう街だ。

通天閣

スパワールド世界の大温泉

天王寺動物園

あべのハルカス


とくに何も起こらない。この街に本当の僕を呼び覚ますなにかはないらしい。通天閣の近くで、酒瓶を抱いて眠っていた魔王みたいな老人を見たときは、間違いない。と確信をしたがどうやら勘違いだったようだ。なんとなく掲げてみた方がなにか起こりそうだからやっているがそもそもこれであってるかもわからない。神様はこの世に居ないけど、もし天から見てるなら僕を救ってくれればいいのに。さぁ、とにかく次だ。次に進む。

豊臣秀吉、大阪城。歴史は記憶の象徴だ。きっとなにか起こるに違いない。

鳩が水浴びをして遊んでいたのでついつい写真に収めてしまったが、もしここで記憶が目覚めたら城が原因なのか、鳩が原因なのかわからないな。はははっ

あと、城なんかめちゃくちゃ人が死んでるわけだから、どう考えても心霊スポットにならざるおえないはずなのになんでそうならないのだろう。なんてことを考えてながら掲げてみたが何も起こらなかった。

帰りに近くにあったバカでかいクリスタルタワーというオフィスビルにも掲げてみた。FFに出てきそうだな。という感想だけが生まれた。次だ。次だ!

世界遺産。古墳の周りをぐるっと一周できるが、入ることはできない。住宅街のど真ん中、生活に密着した場所にあるのでここが古墳であることをたまに忘れる。しかし、隔離されたその場所は深い森のようで、じっと見ていると神秘的な力を感じるが特に何も起こらなかった。神様はいないんだから神秘もクソもないか。

僕はなんとなく焦っていた。思った以上に何も起こらない。平日会社に向かうカバンが重い。記憶の石があまりにもでかいせいだ。行き帰りに時間を作って少しでも多くの場所を巡る。

道頓堀でグリコと香川照之と林修に会ってみたり

夜の街北新地に行ってみたり

京セラドーム大阪の青と空のオレンジがきれいだったり

中之島で少しうっとりしてみたり

梅田のど真ん中で真実を探してみたり

それでも、結果が出ない。だがまだまだある。大阪は広いんだ。落ち込んでいる場合じゃない。寝て起きて、気持ちを切り替えて進む。


バカでかい観覧車があってそれにカップルで乗るとその二人は必ず別れる。という観覧車にありがちな身も蓋もない噂話があることで有名な海遊館。大阪に住んでいると幼稚園か小学校の遠足で必ず海遊館を訪れることになるせいで、サメ=ジンベイザメという方程式ができている。その方程式がなんなんだ。子供の頃の思い出や彼女とデートできたことあるなーとかそんな思い出が少し心を打ったが、何も起こらなかった。

道中僕はずっと考えていた。死の運命とはなんなのか。人がたくさんいる場所で、カバンから記憶の石(レンガ)を取り出す瞬間、何か起きろと願い、何も起きなかったあの瞬間、これが死の運命なんじゃないかって思う。いったい僕が何をしたっていうんだ。

ユニバーサル・スタジオ・ジャパン。それは娯楽の殿堂。


頼む!なにか!!起きてくれ!!!頼む!!!!!!



なんにも起きねぇ~~~~~~


本来ならばここで記憶の石が虹色に光って、僕を包みこみなんかとてつもなくすごいことが起きる予定だったが、すでにレンガを掲げてるなんてマジでやばいやつに成り下がっている。ただ、任天堂エリアのおかげで空中に浮くコインブロックを再現してると言い聞かせて精神的苦痛から逃れてることに成功した。

それが成功?狂ってる…

あの曖昧な死の宣告が気になり、焦燥感を掻き立てる。時間がないってどういうことなんだろう。僕はどうなってしまうんだろう。ただただ、先の見えない現状にもやもやし、それでも前に進むしかなかった。

そして僕は最後の場所に訪れることになる。まだ行ってない大阪を象徴する場所があるんだ。

そう、万博記念公園に。目当ては、岡本太郎作の太陽の塔だ。

太陽の塔、それは万博公園にある建造物。梅田より上、淀川を超えた土地には北摂と呼ばれ、上品な街だ。粉モン文化、吉本新喜劇、だんじり、河内弁と何かとどぎつくコテコテしたイメージが付く大阪だがこれは、全てなんばから南のエリアだけで構成されており、この万博公園だけは唯一北摂で大阪を感じられる場所でもある。併設されているEXPOCITYは、NIFREL、日本一の大観覧車、4Dが楽しめる映画館、ショッピングセンター、VR体験施設と万博の名に恥じない発見、遊びが楽しめる憩いの場となっている。ロハスフェスタ、ラーメンフェスタ、野外コンサートなどたくさんのイベントで賑わう日もあれば、季節の花畑や公園の名を恥じないほどの広い運動場があったりといつでも我々大阪府民を楽しませてくれる。有料公園なので260円払って入場する。

さっそく入口付近で太陽の塔に向けて記憶の石を掲げてみたが、またしても何も起こらなかった。

もう少し近づいてみよう。

チューリップの花畑を見ながら傾斜を進む途中、焦燥感が薄れていってることに気づいた。こうして大阪を旅することで、改めて自分と向き合うことができた。僕はずっと僕自身と向き合っていなかった。ただなんとなく毎日を過ごし実体を持たない空虚な忙しさに追われていたんだ。

記憶の石とは、この辛くとも楽しかった日々を記憶するためだったのかもしれない。

そして、太陽の塔の真下部分に到着する。これで終わりだ。これで全部終わる。記憶の石を天に掲げる。

付き合いたてだろうか、初々しさが残るカップルが冷ややかな目でこっちを見ている。僕はそんな視線を無視して、いつものように何も起こらなかった記憶の石をじっと見つめる。ふと、笑みが溢れる。

ふと、目を閉じてこの旅を思い出す。重くてどうしようもないやつだったけど、街なかで記憶の石を出すことも少し慣れてきたこと、電車に乗ったり車で移動したり、色んな場所を巡ったけどこうやってお金を払って入場するのは初めてだったなってことに。

もうこいつは俺の友達だ。苦楽を共にした大切な仲間だ。

どこにだって連れて行こう。僕が神様だったらこいつを切手に変えてどこへでも行けるようにしてあげるのに。でもそれはできないからカバンに入れて持ち歩こう。今度はユニバの中にも連れて行ってあげよう。一緒に、フライング・ダイナソーに乗ろう。なんちゃって。

僕はもう平気だ。明日からまた生きていける。すべての運命を受け入れよう。そして、どうかすべての人が幸せでありますように。

空に願いを込めて。


















って舐めんじゃねぇえええ!!!!!!!!!!

んなわけねぇだろがいいいい!!!!!!糞重いんじゃいこらああああああ!!!!!!!

ぶっ壊して…ぶっ壊してやる!!!!!!!!うひひひいひひっひぃっぃぃっぃしゃろえv,tjby


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「風が気持ちいい。」
河川敷に冬の冷たい風が吹き抜けていく。もうすぐ日が沈み、街がオレンジ色に染まり、そしてすべての色がなくなり暗い夜が来る。それまでに決着をつけよう。

「これで…これで全部終わりにしてやる…」

さらば戦友よ!!!!!!!!この俺が自ら手を汚し、お前を処分する!!!!光栄に思うが良い!!!



くらいやがれ!!!!!!


その時であった。急に視点が変わった。僕がこっちに向かってバカでかいハンマーを持って向かってくる。



え、まって、あ、あああ、


え、あ。、あああああ、

………
そして、僕は死んだ。
僕はレンガだったんだ。
これはレンガが見た夢だったんだ…







どうですか?みなさん。レンガだった彼は、最後に楽しい夢を見ることができましたね。次は何に生まれ変われるでしょう。少しでも軽いものだといいですね。

ふふふ。

それではまだどこかで会いましょう。

fin

あなたの応援が血となり肉となり、安い居酒屋で頼むビール代に消えていかないようにがんばります。