餞別
卒業とともに、この家を離れていくときに、
門出を祝ってくれた同胞に、
一冊の詩集を渡された。
餞別と言い、発つ朝に手渡してくれたのだ。
雨の降る朝、しとしと冷える朝のガラスの前で、手渡された詩集。
わあ、と言い、ありがとうと握手をする。
確か、彼と握手をしたのは、そのときが初めてだったかもしれない。
別れの言葉や、一晩盃を交わすことよりも、
何よりも他愛のない言葉たちではなく詩集。
他愛もないやり取りはもう、ずっとしてきたのだから。
恭しい言葉を、照れ隠しも少しはあったのだろうが。
最後のおはようと、そして、またなと言い。次の街に向かう。
詩集と刺繍のことから始まるその詩の束は、
私の地肉となって溶けていく。
言葉がお腹に落ちていくように、熱く臓腑に沁みていく。
言葉が入ってゆくということはこういうことなのかしら。
さよならを言わないことに気づいた。
分かたれた彼の生活と僕の生活、
しかし、言葉だけはどこまでも、地続きなのだから。
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