断点
海から吹き降ろされる風の強い夜に
浜辺に素足で
手をかいてもかいても進まない
暗がりの中を進んだ
感ぜられるのは強く吹く風
肌の先を強く冷たい風が頬を撫でては
大きな音を耳元で鳴らし
ごうごうと身体から流れ去っていく
もがくように風の中を泳ぎ続ける
人間が抱える意志は乾いた紙粘土のように
いつの日か塑性を失ってしまっていた
風に溶け合う、太陽の微かな名残が
意志の殻を破らんとして
柔らかくそれでいてでこぼことした肌を内側から
強くもないが弱くもない断続的な力で
押し続ける
ひゅうと鳴る切り取られた海
風の音は高くなる
風が空気を叩くのと同じように
鼓膜を直接打ち付ける
ひたりと足が濡れる心地を感じたが
冷え切った身体は海の冷ややかさをもはや感じない
足が海に浸っていく
手の先は何も目に映さない
ちらつく灯台の光は地球の滓のような暗闇を短く照らすだけ
正面に広がるのは、冷たい水と風に巻き上げられる波
消えている生き物、しかし
生き物の気配は僕の感覚が汲み取れない
海にやってきた理由を思い出す
存在する理由がない頃に
かつて海にいた僕らは
海の記憶を軽くて柔らかい殻で丸めては
遠いところに押し込めてしまったのだ
かいても進まない海の中を
進み方を忘れてしまった海の中を
生き方を調べることに求める人間たちが
静かに沈んでいく海の中へ
足が砂に埋まっていく
静かな産声が波の音に溶け込んで
嗚咽の混ざった叫びが溢れ始める
海ってこと
そうだ、今ね
そこにいるんだった
強烈な今があるんだった
星が海を照らしている
目に見えない生物に馳せられない意志を
ああ、愚かなこと
失われていく風の香りを
ここにやって来ることができない声が
砂に埋まっていたこと
それからどれだけの時間が経ったのか
星が波のすぐ上まで降りてくる
暗闇に広がる生命の衣擦れ
海に色が満ちる様子が
暗がりの中に感ぜられる
ふくらむ彩り
白き星らは瞬きの速さを落としていく
この星に生きる僕ら生命は
ここにある理由を確かめるために
呼吸をするのではない
呼吸はただ、呼吸のために
僕の姿がほの暗い海に映っている
溶けていく僕ら生命は
還ることその意味を知ったのだ
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