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子どもが教えてくれたこと

お母さん8年生。
子どもたちが私にもたらしてくれた良いことってたくさんありすぎて、書ききれないんだけども、同じく、子どもが持って来てくれやがった面倒なことも、書ききれないんだけども。w
今日はその中でも、私のささやかな「良心」を目覚めさせてくれたという極めて他の人にとってどうでも良いことを、つらつらと書いてみます。

まず、物理的なところで、子どもを授かり体の自由が利かなくなってくると、バリアフリーのありがたさとか、ソフト面の思いやりとかをはじめて知り、本当にね、特に急いでいる時とかこの設計、この人間は神なのかってくらい助かる時があります。

そうすると、ママはもちろん、体が不自由な人や年配の人たちに自然に手を差し伸べられるようになるのでした。痛みを知らない若かりし時は、偽善者になりたくないとか見当違いのお節介だったら恥ずかしいとか、そういう迷いで結局声をかけずじまいだったことも、今では「大丈夫?なんか困ってたら言ってくださいね」ってなぜか逆にタメ口入っちゃうくらい、ガンガンいけるようになりました。

今の生活でいうと、車通りの少ないむっちゃ田舎道を、軽でぶっとばしてるじゃないですか。
すると控えめなのび太くんのような、車の片側が全部用水路に落っこちちゃってる車を視界の端に見つけるんですね。
鬼バックで戻って、この溝への美しい入り方は、意図してじゃないですよねって念のため目視してから、そのおばーちゃん運転手とうんうん車を押すわけですが、私一人じゃどうしようもないので、通る車を何台か止めて応援要請しました。(逆に迷惑?笑)おばーちゃん、免許返納するかの〜ガハハ。まぁのんびりやるわ〜とか言ってたけど、いやいや、このクラウンさんもそんな見事なおさまりで用水路にいつまでも入っていたくないでしょうよ、カエルちゃんたちも二度見しとるわ、と。
多分私の無駄なチャキチャキ人集めにより、最短で救出できたかと思います。
こんな私のボッサボサ頭の、どっちに目があるんだか分かんないすっぴんおばさんの親指(なぜかヒッチハイクポーズ)に気づいて、車を停めて協力してくれたみんなは、本当にいい人です。この町だいすき。

あと、見た目は自分と同じでパッと見、分からなくてもめっちゃツワリでしんどい女性もいるかもしれないし、もしかしたら目が見えにくいかもしれない、聞き取りにくい人もあるのかもしれないし、実は外国人で日本語の案内が理解できてないのかもしれないし、字が読めても頭に入らない人もいるかもしれないし、とか色々想像できるようになります。
もしかして、この人困ってない?って仮説を立てると、勝手に体が動くようになっています。そして100パービンゴで、私なんぞでは解決できないこともあるんだけど、それでも今まで「チッ 余計なことしてくれんな」的な返しを受けたことはありません。みんな「ありがとう。ありがとう。」って感謝してくれるんです。
そして私の「困ってる人ロックオンセンサー」はさらに広がり、かくして私の小さな小さな自己肯定感も、少しだけ大きくなるんですねぇ。

そして2つ目は、視野が広がって、自分の子ども=地域の子ども=日本の子ども くらいまでは想像できるようになりました。世界の・・・と豪語したいところですが、さすがに世界を知らないすぎて想像ができないのが本当のところなので、日本までにしておきますso far。
格差のこととか、栄養のこととか、教育のこととか、政治のこととか。
「自分、一人で生きてきたし。全然関係ないし。」と思っていたこの薄っぺらい私がですね、スリッパでひっぱたいてやりたい。

せっかく地球に来てくれた未来の宝である、いまは小さな人たちを、もう、とにかく少しでもましな社会にしてから、還したいよな、とか思うようになるんですね。こんな世の中に。ポイズン。
わけっこパークで遊んでいるような仲間は特に、キッズを自分の子どもと同じように、称え、叱り、ともに喜びともに涙します。自己満かもしれないけど、こうやって周りのお母さんたちも、自分の子育て方法でいいんだから、他の子にも遠慮なくやってほしいなぁ、というのが私の願いです。地域で育ちあっていくことが、とても大切と思うのです。

最後に、月並みですが、生んで育ててくれたおとんとおかんに、ジーマーで感謝ですよね。いやぁ、ちょっと待ってよ。地獄の妊娠悪阻から命をかけた出産に続いて、超スーパーロングランの子育てなの!?。産めば産むほど自分の体は老いていくのに、子どもにはますます体力と笑顔を求められるという。こんな大変だったの!?ハンパないね。よく育ててくれたよね。
忍耐とか体力とか、後からつくもんなのか!?いや〜愛情なくして、やってられんよね。私とかどーせあんまり愛されてないしってグレてたけどさ、愛されてなかったら、ここにいないのよね。ずん。

私の二回目の結婚の時のビデオレターで、母ちゃんの「家族は思いやりですよ。思いやり。」という意味深なセリフとか、なんで母ちゃんは、十代だった兄ちゃんにあんなにイライラして長ネギ振り回してたんだろう、とか、もう、色々分かってきてね、ごめんねって思う。親孝行できてなくて、心配ばかりかけて、私のせいで目を悪くさせちゃったんだろうし、ずっとラクさせてあげられなくて、本当に本当にごめんねって思う。
あ、まだ生きてるから今からでも親孝行しろって話だね。

物心ついた時から万年反抗期の私でしたが、嬉しいことに、孫ができたことで、親と子の関係が良好になったのでした。

私と父母をもう一度繋げてくれたのも子ども。
当事者意識を持てるようにしてくれたのも、子ども。
視野を広げてくれたのも、子ども。
無償の愛を教えてくれたのも、子ども。

全部子ども。

そう思うと、このオネショも愛おしい。。。とまでは言えないが、せめて笑顔で洗ってやろうじゃぁないか!

今日もおかん、やったるで〜。

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