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映画『あのこと』

 打ちのめされる素晴らしい映画だった。
大学で文学を専攻するアンヌは妊娠していることに気がつく。中絶は違法のため賛同する医者は見つからず、中絶の話はタブーになっている大学で誰に相談することもできない、という話だ。
 原作の『事件』(アニー・エルノー)は、作者自身が経験した中絶について書かれたものだ。かなり詳しく描写されており、以前のnoteの感想には「これは読み手が「女性の身体」をもっているとされるかされないかにかかわらず、読んでいれば身体的に迫ってくる恐ろしさや痛みだと思う。」と書いた。映画でも、主人公の身体に迫った「妊娠」の不安やあみ針で中絶を試みるときの痛みが切実に描かれていた。主人公の苦しむ様子も血も映し出す。ここは映像の力だと思う。客席からうめき声や息を呑む音も聞こえたもの。ただ、それを「見世物」的にすることはなく、そのあたりのバランスがとても優れた映画だった。

そして邦題の『あのこと』がとてもよいタイトルだと思う。大学寮や親しい友人間でも中絶はタブー、そもそもアンヌが男性と出かけただけでとやかく言われてしまう。まさに「あのこと」としか言い表せないのだと思った。なぜこんなに苦しまねばならないのか、「違法」というその法律はどんな人たちが決めているのか。
最近観たアメリカ映画では、最後に主人公が薬を飲み中絶する場面が出てきた。編針を使ったり、漂白剤を使ったりして中絶をしていた、さらには見つかれば捕まっていた時代との隔たりを思った。今でも、全ての場所で中絶が認められているわけではない。映画館に貼られていた新聞の切り抜きには、アンヌを演じたアナマリア・ヴァルトロメイの「中絶を認めない共和党の人に見てほしい」ということばがあった。
映画の最後で、アンヌは「作家になる」と先生に宣言する。確か原作にはない場面だ。このことを書いて伝えるのだというアンヌの決意と、アニー・エルノーは生き延びて『事件』を書き上げたのだということがひしひしと伝わってきた。今映画化されるべき作品だったのだ。

ところで、途中で気がついたので確かではないが、アンヌの着る服が常にピンクか青のどちらかで印象的に使われていたように思う。教室や両親の家で、中絶したいという気持ちを隠しながら皆に混ざっている時の服はピンク、一人でいる時の服は青。最後の場面では教室で青い服を着ていた。きっぱりとした表情で試験の解答用紙にペンを走らせるアンヌの姿で映画が終わるところもよかった。

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