山田詠美『吉祥寺ドリーミン』と食事

山田詠美の小説は『賢者の愛』を読んだことがある。『痴人の愛』の翻案で、『賢者の愛』のナオミは男性、譲二にあたるのが女性だ。さらには復讐譚でもある。言葉と言葉から溢れる官能性にどきどきしながら読んだ。読んだ人はだいたいそうだと思う。

山田詠美のエッセイ、『吉祥寺ドリーミン』はざっくばらんで笑えて、『賢者の愛』を書いたのはこの人なんだと不思議なような、なるほどというような。津村記久子はジェーン・オースティンを「面白い親戚の姉ちゃんみたい」だと書いていたけれど、不躾なのを承知で書くなら、山田詠美は面白い親戚のおばちゃんみたいだ。政治、エンタメ、料理、さまざまな「面白いこと」をこれもこれもと聞かせてくれる。そして「言葉」への鋭い感覚(自分のことを「言葉尻探偵」だと書いていた)。

あの店主の傲岸ぶりに今でも怒りが収まりません。たぶん自分に「たかが」を付けたことのない人なんだろうなあ。自らのなりわいに「たかが」を付けられない人間は卑しいと思う。私?ええ、たかが物書き、一介の小説家です。(p.139)

痺れる!この店主はカレー屋の店主のこと。食べ物屋、料理の話もたくさん出てくる。物を書く人は作るか食べるかその両方に情熱をもっている人が多いように思う。すくなくとも、私はどちらかか両方が大好きな人の書く文章が好きだ。
読んでいるうちに吉祥寺に行きたくなり、行ってきた。そこで映画『ザ・メニュー』を観たものの、こちらは料理がメインとはいえすごく不愉快な映画だった。高級レストランで繰り広げされる理不尽なコメディで、シェフや客の薄っぺらさを笑いにしたものだとわかっていても面白くなかった。ぞんざいな料理と食事場面が私は嫌いだ。

山田詠美『吉祥寺ドリーミン てくてく散歩・おずおずコロナ』小学館 2021

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