私だけの幸福――『孤独な夜のココア』
さらさらと入ってくる言葉、シンプルなストーリー。でもほろ苦さに打ちのめされる。田辺聖子『孤独な夜のココア』を毎晩寝る前に読んでいた。本作は幾組もの男女、あるいは女同士を描いた短編集だ。好きな人に入れあげる同僚を醒めた目で見ていた主人公のある夜を描く「雨の降ってた残業の夜」、お金にがめつい、苦手だった同僚を回想する「ちさという女」、同じ脚本のクラスに通っていた男との関係を振り返る「石のアイツ」。一つひとつは短く、どこかに貫くような一言がある。フィクションは「言い表しがたい感覚」までもを捉えることができるものだと思うが、この短編集も、そんな「うっすら気がついているが、意識したことのない感覚」を鮮明に浮かび上がらせる。
私が特に「打ちのめされた」のは、「石のアイツ」の一文だ。「世俗の風が舞いこんだとき、その幸福は石になったのだ」(p.244)。ほかの人は「どうしてそんなことするの?」と思うが、当人にはわかる「幸福」がある。それが「一般常識」から見た瞬間おかしなものに見えてしまう悲しみ。恋愛だけでなく、仕事でも趣味でもそうかもしれない。「そんなことやってて楽しいの?」と思われるだろう、ということに気がついてしまったときにつまらないものに変わる。だとしたら今は「世俗の風」がいくらでも吹き込んでくる状況なんじゃないかと思う。その風にあたらないようにできる人に憧れる。
田辺聖子『孤独な夜のココア』
新潮社
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