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黒髪の乙女の幻影を追う

 刀剣乱舞から入ったくせに、刀に女の影を見てしまう。

 夢小説とか、女の子キャラと恋愛させてしまうとか、そういう話ではない。実物の刀を見ると、なぜか、比喩として女が出てきてしまう。
 刀を見て、あの鋼の塊を見て、「高校の時一度だけ隣の席になった、おっとりとした黒髪ストレートの初恋のあの子」とか「縦ロールの金髪ロングのお嬢様、育ちの良さが所作全部に現れている、誇り高いレディ」とか言う。「気風のいい姉御(胸がデカい)」とか「女学院の中でも一番華やかな陽キャ軍団の姫だけどオタクにもというか全員にやさしいcv能登麻美子のお姉様」とか……先頭から順に、「刀〈無銘(伝義弘)/〉(名物 五月雨郷)」、「刀 無銘 一文字(名物 南泉一文字)」、「刀 無銘志津 金象嵌銘:海賊」、「刀〈金象嵌銘光忠 光徳花押/生駒讃岐守所持〉(生駒光忠)」の話である。
 前者2振りについては刀剣男士になっているのにこの幻覚を見ている。南泉一文字に至ってはキャラを先に知ったのにこのざまである。
 なぜか、刀に、女の影を見てしまう。

少なくとも縦ロール金髪ロングお嬢様のビジュではない。

 刀剣乱舞というのはDMMが運営しているゲームで、プレイヤーは審神者として刀剣の付喪神がヒト型をとったもの(刀剣男士)を率いて歴史修正主義者と戦う、という設定以外のメインストーリーがほとんどないゲームだ。アニメやミュージカル、舞台、コミカライズ(酒、キャンプ、奇譚、日常ものなど)などのメディアミックスが豊富で、そのすべてが「とある本丸」の物語、というテイで進む。
 つまり、ユーザーの本丸に投影するもしないも好きにしてよい、という、結構(ファンフィクションの)自由度が高めなジャンルだ。むろん、歴史ネタを組み込むときは気を遣う必要はあるが(歴史は現在につながっているので、うっかり粗雑に扱うと現存人類達が悲しい思いをしてしまう)。
 登場キャラクターが「刀剣の付喪神」という設定である以上、実在刀剣をもとにしているキャラクターがいる。たぶん3分の2は現存実在刀剣だ。残りは非実在刀剣と焼失・焼損刀剣と行方不明・所在不明、それから「集合体」とか「刀工ベースの特殊顕現」とかそういう「特定の名刀のお名前」じゃない刀。
 現存しているということは、コラボがそこそこ多い。なんならコラボしていなくても「推しの本体」ということでオタクが勝手に遊びに行く。特に、ゲームに実装されている刀を複数所蔵している徳川美術館東京国立博物館福岡市博物館永青文庫ふくやま美術館徳川ミュージアムあたりはコラボもよくしてくれるし、それ以外でも刀系のグッズをたくさん出してくださっている。刀身大クッションとか、ステッカーとか、マスキングテープとか。
 なので、私もそこそこあちこちへ刀を見に行っている。余波で高校時代よりも日本史に詳しくなった。局所的に。

 もっとも、最初に惚れた刀は、当時はゲームに実装されていなかった刀である。
 2016年、ゲームを始めて間もない頃に、徳川美術館で「鯰尾藤四郎」が展示されると聞いた。その頃、友人が愛知に住んでいたので、こりゃいいやとばかりに別の友人(Hちゃん)と行った。青春18きっぷを使って。確か5時間くらいかかった。根性やね。
 で、鯰尾藤四郎を見たと思うのだが、その時の鯰尾藤四郎の記憶は実はあまりない。ちょっとうっかり別の刀に惚れてしまったので。
 今年になってまた見る機会があったので見たが、見れば見るほどシルエットが薙刀直し(もともと薙刀だったのを脇差として使えるように切り詰めること)だなあ、というのと、刃のくろぐろとした感じがなまめかしいな……というのがあった。すまん、2016年の記憶がなくて。きみも美人だよ。再刃してでも後の世に残したいと思った人間がいたのも納得だわ。
 ちなみに、再刃とは、何らかの理由で焼けた刀を再び焼き入れ(日本刀の刃部分を作ること。熱して水の中にぶち込むと強度が上がる)することを言う。刀剣乱舞の中には何振りかこの処理をされて現代にまで残っている刀も出てくる。むろん、強度的には焼ける前には決して戻らないので、その処理をすることはその刀に価値を見出した人がいたからに他ならない。

 2016年、初めて惚れた刀というのが、五月雨郷であった。今でこそミュージカルのほうにもよく出てくる人気キャラなのだが、その頃は影も形もない。同じ刀派(刀剣界隈の語ではなくゲーム発の言葉らしい。同じ刀工もしくは刀工集団に作られた刀達のことを「同派」とか呼んだりする)の篭手切江が実装されたかされないかくらいの時期だと思う。

刀 無銘 郷義弘 名物 五月雨郷(徳川美術館HPより)


 日本刀、というと、この姿を想定するだろう、と思うような、すらりとした刃紋だった。まっすぐ刃先まで白く伸びた輝き、光を柔らかく反射する地肌。
 光が柔らかく感じるということは、今思えば、地沸(じにえ。刀の表面にきらきらと目に見えるくらいの大きさの粒子がついているように見えるのが沸、それが地(刃ではないところ)についているものが地沸)がついているということだと思う。細かな粒が丁寧に光を抱いているのが、美しかった。
 五月雨郷という名の由来には諸説あるが、自分はこの時は、この地の光こそがその由来なのではないか、と思った記憶がある。五月の、さあさあとかすかな音を立てて降る雨の、遠くが白く明るくけぶって見える景色を、この肌に見たのではないか、と(なお展示ケースには刃紋が五月雨に見立てられた説が提示されていたのでおそらくこの感覚が理由ではない)。

 四月が慌ただしく過ぎ、クラスにも慣れて新しい先生にも慣れた頃、六限の英語の授業を受けている。英語で行われる英語の解説は右から左へとぼんやり流れ、クラスの半分ばかりが眠そうにしている時間。外は雨、けれども危険を感じるような土砂降りではなく、恵みの雨、慈雨という言葉がよく似合う穏やかな降りざまをしている。それを隣の席の女の子ごしにぼうっと眺めていると――ふと、彼女がこちらを見ていたずらに微笑む。
「悪くない天気だね」
 黒い髪を背中の半ばまで伸ばした、素朴な美しさの少女だった。同級生だということが信じられないほどに大人びていて――けれども無理に背伸びをしている気配は微塵も感じさせない少女だった。私は彼女の横顔を飽きもせずに眺める、彼女はそれに気付いていながら微笑んで素知らぬ顔をしている。
 思えば、あれが私の初恋というものだったのかもしれない。

2016,Haruda Sumiya

 まあ、だいたいこんな感情を抱いた。どういう感情? いや自分でも思ってはいる。刀見てこの幻覚が見えるのはもうやばい奴だろ。しかも刀剣乱舞をきっかけに見に来てるのに、男じゃなくて女の幻覚見てるのかよ。
 でもなぜかそう見えるんだから仕方ねえじゃねえの。

 その後、ゲームにこの刀の刀剣男士が実装されて、髪の毛が紫色だったんでややキレていったんやめたりもしていたのだが(前述の通り五月雨郷は黒髪だと思い込んでいたので。今はゲーム内の五月雨江くんも大好きです、かわいいね。実物は「郷」表記だがゲーム内ではほかの刀に合わせてか「江」表記になっている)、2021年あたりに復帰し、最近はまたよく刀を見に行っている。なんならゲームをやっていない時期も見には行っていたのだが、やっぱゲームという動機があるとちょっと遠方だなと思ったときの決意が早くていいですね。この1年で京都に1回、愛知に2回行って、地元の博物館等にもちょこまかと行きまくっている。元気なオタクくんだね。

 ところで、ゲーム復帰後になんかうっかり新しい推しが出来た。当方ゲームきっかけで刀を見に行くようになったオタクなので、とりあえず実装された男が好みだとすぐ写真をググるようになっている。重要文化財とか国宝で、現存していて、なおかつ個人所有じゃない多くの刀は、意外とそのへんに写真が転がっている。で、見て即座に時代がわかってしまい、ははーん? 2016年からじんわり見たり勉強したりした知識って意外と残ってんのね? と嬉しくなってしまったのが運の尽きである。うっかり単眼鏡を買った。し、最近は専門書がポコポコ家で単体生殖している。やれやれ。

 新しい推しは京都国立博物館所蔵の刀だ。インターネット上の盛り上がりを見ていてくれたらしい博物館の人達がサービスで見せてくれることになったのが2月である。

 12月に正月の話をするな。もっとはよ言え! とは思ったが、見に行かない手はないので行った。何ならなんとなくノリで弟妹(刀には興味がない)を連れて行った(博物館内で解散した)。

 さて、推しである。今までも推しを見にいったら刀も推しだったパターンはあれど(本作長義、桑名江)、キャラは好きだけど刀はそんな刺さらんなパターンもないわけではなかろう。刀は好きだけどビジュは刺さらんかったなの前例がある以上、逆もあろう。
 でもまあ博物館が元来好きなので楽しみに赴き、そして本題の推しが結構後ろの展示室だったのも手伝って他の場所に相当時間をかけつつ、推しを見に行った。

 その人はどこか、あの子に似ていた。黒い髪をさらりと耳にかける仕草が、目もとの泣きぼくろが、それか、柔らかな声で小さなひみつでも教えてくれるように囁きかけるところが。
「若い子がこんなところへいらっしゃるのは久しぶりだわ」
 だわ、という語尾の人だった。もう、多くの人々が忘れた文語のような言の端でもって話しかけてきたその人は、いくつなのかはわからないけれど、少なくとも私よりはぐっと年上なのだろう。そういう気配があった。皺などひとつもかんぜられないけれど、所作のゆるやかさ、あるいは円熟した大人の女性の持つ特有の眼差しが、その人を年嵩の人なのだと思わせた。
 口ごもる私に、彼女は他愛ない挨拶をしてくれる。
「少し肌寒いけれど、よく晴れたいい日ね」
 ああそうだ——纏う景色こそ違えど、彼女は、初恋のあの子によく似た微笑を浮かべている。

2023,Haruda Sumiya

 また幻覚か。また幻覚である。刀に女の影を見過ぎである。推し、そこそこ体格いいのにな。肩幅と足の甲の骨のゴツさ、めちゃくちゃ男なのにな。中性的なのは顔だけなところが好きなのにな。

 粟田口吉光の短刀を思わせる輝きだった。それから、これは鎌倉時代初期の刀なのだけれど、驚くほど肌が綺麗だ。よく詰まれている(刀は金属を伸ばして折って折ったのをまた伸ばして、を繰り返して作る(折り返し鍛錬)この時に出来る重ねが板目肌とかそういう名前の「肌」の模様になる)なという印象を受けた。鍛錬には詳しくはないのだが、非常に細かく目が詰まっているというか、模様が見えるか見えないかわからないくらい細かかったので、そういう印象があったのだと思う。
 鎌倉時代初期(または平安後期)の刀工の作だとは信じ難いほど美しかったので、ちょっと目を疑った。のだけれど、茎(なかご。刀の持ち手(柄)が嵌められているところで、作った人の名前やら住処やら作った経緯やら下手すると祈りやら何やらが刻まれていることが多々ある)がちゃんと古い刀のそれだったので、ああ、若々しいけれどもきちんと年月を経た刀なのだな、と思った。ずっと大事にされてきたからこのように在るのだな、とも。すっと伸びたまっすぐな刃紋が繊細で、美しいと思った。


太刀 銘波平行安 号 笹貫(e国宝より)

 結局30分くらいかけて眺めていた。次いつ見られるかわからんし……しかも拵(刀を実際に佩いたり差したり(身につけること。太刀は佩くと言う)も一緒に出てるし……ゲーム内の推しちゃんとこの拵つけてんな絵師さんってすっげ……なんぼ見てても飽きんな……

 たぶん、直刃の刀と古めの刀が好きなんだろうな……とは思っているのだが、かと思うと生駒光忠みたいなド派手な刃紋の刀にも惚れるのでよくわからん。とりあえず好きな刀は好きだ。好みの女が好みだ。そういう感じである。

 そんなわけで、刀に女の影を見出しながら、近々鹿児島にも行く。2月に見た推しの本体をもう一度見に。
 好きな刀なんか、見られるうちになんぼでも見ておくのがいいだろうと思うので。金と体力と時間が許すうちは、行こうと思う。

https://www.pref.kagoshima.jp/ab24/documents/106517_20230713102108-1.pdf

【2023/10/12追記】
行ったので様子を書きました(勢いつきすぎて刀以外のことも書きまくって長くなったので分割してあります)
1→ 
鹿児島旅行記・前
2→ 
鹿児島旅行記・後

※なお、ヘッダー画像は熱田神宮の草薙館にある、太郎太刀(朱銘 末之青江) を振るう真柄十郎左衛門をモチーフにした像。めちゃくちゃでかい、3mくらいある。

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