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迷子の迷子の24歳


あなたのおうちはどこですか。


わからん。

本気の人生相談を誰かにしたい状態になってきた。自分の感情、感情? 何もかもがわからなくなってきている。

今日一つ面接に落ちた。納得、というか、あれで通るほど人生甘くないですよね、と思っていた出来だったから、一つ駒がなくなった現実をただ受け入れている。うーむ。どうしようかね。

今私は働いている。その点で、大学時代の就活とは圧倒的に違う。別に志望する会社に全滅しても生きていける。だってすでに働いているから。
だから、心に余裕をもって取り組める。
だから、本当に自分が行きたいところだけに全力をかけられる。
だから、現時点での納得を求めようとすると、何回でも何年でも時間をかけられてしまう。

今年行われている採用はまだまだ道半ばなのに、もう一回来年に照準合わせてやり直すか?などと考え始めてしまった。すでに働いている、ばっかりに。

多分私は圧倒的に準備が足りていない。あんなに夢だ野望だ語っておきながら何してたんだよと言われるとぐうの音も出ない。私って本当にそういう人間ですよね、と自分が自分に呆れている。もはや自分が何をやりたいのかすら明確にはわからなくなってきた。だから、この際本気で1から、それこそ業界研究なんていうところから、やり直す、か?

でもそんなことをしている間に応募資格の年齢制限はどんどん迫る。現に今年が(新卒採用においては)ラストチャンスの会社だってある。いつの間にか20代半ばに来ていて、いや、まあそれはいいんだけど、でも、望んだ道のスタートラインに立つのは、26歳か25歳か選べるのなら、やっぱり私は一年でも早く立ちたい。気持ちばっか急いている。そのための行動なんてなーんにもできちゃいないのに。

本当は業界研究とか自己分析とかいうものは、大学三年のうちにしっかり時間をかけてやっておくべきだったのだろう。でも、推しが大好きで「好き」の幅が広くなって音楽に生かされ言葉と共に生きたいと思う私になったのは、間違いなくバリちゃんを好きになってライブやイベントに飛び回って色々な舞台を観た大学三年のあの時間があったからなのだ。あの時間がなかったら、私は今頃きっと教壇に立っていた。つまり出版社への転職で頭を悩ます24歳にはなっていなかった。だからこれは、なるべくしてなった状態。だから、ええと、どういうこと?


推しがいつまで推しでいてくれるかなんてわからない。作品にしたいものが永遠にそこにあってくれる保証なんてどこにもない。だから早く。

焦ったまま突っ走って道を決めて後悔しないか。今のやり直しと3年後のやり直しは重さが変わってくるのではないか。だったら、今のうちに、一旦止まって。


どっちやねん。どっちにしたらええねん。

ぐらぐら。ぐ〜〜らぐら。
この前5年前の日記を読み返したら、やっぱり残しておくことって大事だなと思った。だからこうして書いてみているけど、さすがにこれってネットに流すものではないかも。頃合いを見て消すかもしれないけど、今は日記帳も持っていないのでとりあえず。明日も仕事です。転職に気持ちを奪われて現職がおざなりになるのは信条に反するため、ちゃんと寝ます。

なんか、「20代を生きている」って感じする。ぼーっと時間が過ぎるよりはいいのかな。ポジティブかよ。


スタバをお持ち帰りしたときのスタンドが笑っていた
嘲笑?とか思っちゃうくらいにはやさぐれている

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