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椎名林檎にハマれなかった話

椎名林檎にハマらずにここまで来てしまった。

俺が10代後半から20代前半のころ、ようは一番活力みなぎるアグレッシブな時期に椎名林檎が売れた。GLAYかラルクかみたいな時代だ。周りには椎名林檎にドハマリしている同年代の女子が山ほどいた。「表のあゆ、裏の林檎」みたいなレベルだった。当時のギャルや水商売女性たちのあゆ罹患率は極めて深刻だったが、それと同程度に文化系の人達、ようはバンギャやオタク女子、ネットの女子のあいだに林檎病が蔓延していた。俺は偏差値の低い大学の文学部に通いながらインターネットに耽溺して、年相応に女子の尻を追いかけ回していたので、もう林檎を聴かなくても林檎まみれだった。

実際、曲は一通り聴いた。大体の曲は聴いたことがある。なんせ椎名林檎にハマった子が自らCDを貸して布教してくれるし、カラオケに行けば誰かが歌舞伎町の女王やらギブスやら茜さす帰路照らされど…やらを熱唱する。ネットで知り合った子はホームぺージに漢字の多いわけのわからないポエムコーナーを設けている。林檎にハマった女子はとにかく自己主張が強い。全身全霊で「あたし椎名林檎の影響めちゃくちゃ受けてま~~~す!!」と主張しながら「云え、あたしは何者の影響も受けず、唯、此処に存在して居るのみに御座います」みたいなツラしてやがる。そのせいで俺は「林檎! バンギャのカラオケ! 新宿東口のサイバーダム! 一曲目が椎名林檎で、三曲目くらいにDir en grey、それからRaphaelとか歌い出して、また椎名林檎に戻って、エゴラッピンとかCharaとか微妙に挟んで、また林檎に戻って、最後はDir en greyの残! つーかさお前のジオシティーズのホムペの変なポエム読んだよ、うんメッセで教えてくれたやつ、内容はごめん正直よくわかんなかったわ、まず白背景で文字がグレーで小さくて読みづらい、あとマウスカーソル十字になるの何あれ? 黒歴史乙!!!」という認識で脳が停止してしまい、そのままここまで来た。

Twitterでよく「椎名林檎大好き!」という数歳下の世代の人たちを見かける。意外なことに男女比は均等くらいだ。というか男も女もみんなまるで上腕についたハンコ注射の跡みたいに椎名林檎を通っている。おそらく俺が「あ~椎名林檎ね、はいはい」と思っていた頃にもう少し純粋な年ごろで、ただただ斬新で衝撃的なものとして触れてストレートにハマったのだろう。

俺は椎名林檎にハマれなかった。たぶん今後もハマることはない。そして今さらながら「椎名林檎にハマれなかった」ということに少しばかりの引け目を感じている。まるで注射跡を見せ合うかのように椎名林檎を語る人たちがとても楽しそうだからだ。正直、羨ましく思う。あのころ素直に林檎を聴いておけばよかった。

Twitter:https://twitter.com/haru_yuki_i