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女の子がいきなり5の機械になった話

ある女の子がいきなり5の機械になった。

いきなり5の機械になるというのはとんでもないことだ。どれだけとんでもないことかは知識か経験のある人しか分からないかもしれないので、前置きとして簡単に説明する。

すべてのものには状態を表す数字が存在する。例えば生きている人間や動物は1、死体や骨は0だ。この1と0の間に小数点以下は基本的にない。一方、人間が眼鏡やコンタクトレンズ、補聴器、人工臓器や義足義手などをつけると1に小数点以下がつき、だんだん2に近づいていく。とはいっても眼鏡をかけて差し歯をして補聴器をつけてようやく1.1程度である。義手義足も1.2程度だ。全身が義体で脳と脊椎のみが生身という攻殻機動隊の草薙素子少佐くらいになると1.9である。そして2を超えると機械の領域になる。人間そっくりのヒューマノイドが2.1程度。AIBOやルンバは2.5といったところだ。この数字が大きくなればなるほど意味不明な機械になっていく。

突然5になった彼女は上半身が視聴覚室にあるプロジェクターの投射装置を縦長にしたような形になり、そこから鳥の足を模した機械の足が生えている大変奇妙な姿となった。一体何のための機械なのかさっぱりわからない。これが5の姿だ。どれだけとんでもないことかご理解いただけただろうか。

彼女は多くのものを失った。だが彼女には新しい機能も備わった。周りのものの数字がすべて見えるようになったのだ。数字については前置きで説明したとおりだ。彼女はまず空中によく浮いている透明な真円球の存在に気付いた。これは都市部に多く、直径は約2mから30mほどの大きさで、道路やビルのすき間や上などに微動だにせず浮いているのだが、人の目には決して見えないし触ることもできない。透明な真円球の存在は機械になって初めてわかった。これが10だった。一体なんなのかまったく正体がわからなかった。なお原子爆弾は7だった。

また数字にはマイナスもあった。霊的な存在だ。成仏できない幽霊は-1、精霊や超自然的な存在は-3以上だった。仏陀は-5だった。キリスト教やイスラム教の唯一神は-10だった。あろうことか彼女は仏陀や唯一神と対峙する機会に恵まれたのだ。おそらく5の機械でなかったら一瞬のうちに自我が崩壊していたであろう。

また驚くべきことにすべての植物は-2だった。動物が人間と同じ1であるのに対し、植物は-2だったのだ。これは新しい発見だった。植物とは誰もが見たり触ったりできる霊的な存在だったのだ。

彼女は5の機械から少しずつ人間に戻っていった。そのためには長い時間を必要とした。孤独な旅だった。なんせ機械と化して感情がない。自我もない。なんの機械なのかすらわからない。何もかも意味がわからないのだ。だが旅を続けるにつれて数値が少しずつ下がっていき、少しずつ常識的な機械になっていった。0740r5704fv856043、亞ソG機、宇宙エネルギー照射装置、マイナスイオン発生装置、電子レンジ、iPhone11、ルンバ、AIBOという風に変化していった。

数字が2より下がると脳や脊椎が復活していった。この頃から自我が再生してきた。この時期が一番精神的に辛かったそうだ。自分がなんなのか、どういう存在なのか、この世界について考えられるようになってきたからだ。-5の仏陀や-10の唯一神がどれだけ人間からかけ離れたヤバい存在であるかも理解できた。一方、都市部の中空によく浮かんでいる透明な真円球の数字が10であり、神とは真逆の、機械の性質を持つとてつもなく恐ろしいものであるということも理解できた。考えれば考えるほど気が狂いそうになった。

だが彼女は狂気を乗り越えた。そして人間に戻った。人間に戻るまでに約1000年もの時間を要した。その後、彼女は人間の女性としての生活を再開した。クリーニング屋でアルバイトをしたり、歯科衛生士として働いたりした。プライベートでは料理とお菓子作りを趣味とし、ちょっとした恋などもした。そして約50年後に死んだ。

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